雑感:刊行に添えて(山下勝)

2010/2/8

「プロデューサーのキャリア連帯―映画産業における創造的個人の組織化戦略」

山下 勝・山田 仁一郎(著) 白桃書房

ヒューマンイノベーションコースで学ぶ人たち、また本コースに関心のある人たちに向けて、少し話をさせてもらいたいと思います。拙著は日本の映画産業を調査対象にしていますが、そこでもっとも描きたかったのは、一般に企業組織内における創造性の実現がいかにして可能なのかということでした。岩井克人氏が『会社はこれからどうなるのか』(平凡社ライブラリー)でも主張するように、21世紀において企業が競争優位を勝ち得るための手段として、もはや従来の一元的な管理手法は役に立たなくなってきています。それに代わり、企業は個々人の才能や知識に依存せざるをえないというのが実状でしょう。ところが、企業は個人のアイデアを活かす仕組みをどのように設計すべきなのかについて、いまだ明確な答えを出せておらず、なかでも日本の企業は世界に比べてかなり後れをとっています。

信じられないことに、この傾向は個人のアイデアだけが頼りのはずの映画産業においてさえ見られます。クリエーターは映画製作の中心におらず、企画を主導するのはコンテンツを流通する名だたる企業群です。それらの多くは、例えばテレビや出版、広告枠といったマスメディアを所有しています。あるいは、そのルーツが見世物小屋であったことを思えば、映画会社が実は不動産会社であると聞かされてもさほど驚くこともないでしょう。どちらにも共通しているのは、マスメディアも不動産も容易に獲得することができない既得権益だということで、彼らはその安定した資産を運用しているだけである程度の利益を得ることができる仕組みをつくってきました。けれども、少し考えればわかるように、彼らの資産はあくまで日本国内でしか通用せず、そんな彼らのビジネスモデルは当然ながらグローバルではなく、ローカルな視野にとどまってしまっています。

このローカルな視野のなかで、コンテンツ流通企業はどんな映画を作れば日本国内で売れるのかということばかり考え、またそういったヒットを生みだすための販促に執心してきました。実際、これらの企業群が日本において過去10年間に計上した数字は大きく、業界の約70%のシェアを占めています。このビジネスモデルのなかでは、個々のクリエーターはただ高度な技術をもった職人として雇用され、事実上の下請け作業を行っているにすぎませんでした。否、このビジネスモデルのなかでは大企業のプロデューサーこそがクリエーターだと考えられてきたと言った方が正確でしょう。それでは、これらのビジネスモデルはどんな競争優位を生みだしたのでしょうか。残念ながらそれはなかったように思います。この小さな成功(利益)を求めて、コンテンツ流通に部分的であれ関わっている企業が続々と参入してきたこともあり、確実に1作品あたりの売上は下がってきています。この手法はいま確実に行き詰まりを見せているのです。

いかにして個々のクリエーター(現場にいて、実際に何かをつくる人たち)のもつ能力を活かしていくか、その仕組みをつくった企業が本当の意味での競争優位を確立していくことになると考えられるわけですが、これは映画産業だけでなく、冒頭にも述べたように、いまやすべての産業に共通する課題となっています。拙著はこの課題に挑戦した研究のひとつということになります。このなかでわたしは(実際には共著なので、われわれは)キャリア連帯という新しい概念を用いてそれを克服する方法を説明しようとしました。詳細についてはぜひ買って読んでもらいたいのですが、ようするに、個々の能力をそれぞれがアピールしようと思っても難しいので、価値を共につくり共闘できる仲間づくりが重要なのではないかということです。

わたしはこれまで組織変革を導くようなリーダーシップについて考えてきましたが、どんな成功事例もそれぞれ状況が異なるし、一概にこれが利いているというものがなかなか見つかりませんでした。そのなかで何か言えるとすれば、すごいリーダーには常に強力な仲間がいたということです。あらためて、われわれはひとりでは大きなことができないのだと考えさせられます。それでは、すごいリーダーはそういった仲間づくりをするのに、人を説得するのがうまくて、コミュニケーション能力が高いのかといえばそんなこともありません。無口でほとんど喋らないすごいリーダーも多いです(歴史的にとくに日本人はそうでしょう)。つまり、仲間づくりが重要といっても、特別な能力は不要だということになります。999人とはうまく話せなくても、たった1人、わかりあえる仲間がいるだけで強力なタッグになることもあるわけです。

ヒューマンイノベーションコースにおいても重要なキーワードとなっている「内省」というのがありますが、自分のこれまでの経験をしっかりと振り返ることはキャリア連帯を構築していくときにも不可欠な要件です。本当は、われわれのなかには数多くの資源があるのにそれを活用できている人はものすごく少ないと思います。非常に勿体ない話です。誰が自分にとっての強力な仲間なのか、そのことを深く真剣に考えてみるだけで、自分たちの価値を実現していく道筋がうっすらと見えてくるのではないでしょうか。


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