理論心理学会および研究者育成

2004/11/7

理論心理学会の大会が駒場であり、「日本発の理論を考える」というシンポジウムのシンポジストとして話してきた。駒場に着いたら、立て看板に「日本理論心理学会50回大会」というのがあって、誤植じゃないかと思ってしまった。しかし、日本の心理学関連学会43学会!(こいつも驚きだ)の中で数番目に長い歴史を持つ学会ということを後で聞いた。

シンポジストは、


繁桝先生(東大)
森正先生(創価大、理論心理学会会長)、
大山先生(東大名誉教授)
江川先生(十文字)
無藤先生(白梅女子大学長)
など、なんて言っていいか、御大、大家、みたいな人たちばかりで、まあわたしなんかは小僧みたいなもんですね(その日にちょうど46になりましたが)。大会参加者の年齢も非常に高かったと思う。

わたし自身は、洞察の研究に基づき、創造的な発想の根幹にある、多様性と評価について、実験結果を交えた話をしてきました。基本的には、今年人工知能学会論文誌に書いたこの論文と同じです。最後の部分では創造的研究を育成していく環境について話しました。特に大学院教育については、
・他分野からの院生を受け入れる試験、教育体制を整えること、
・一貫性の大学院にすること(他分野からの院生に2年で修論書かせるのは難しいので)
・博士論文の審査を公表論文数で縛らないこと
を提案してきました。

特に3番目の条件は大事かと思う(1,2についてはけっこう実践しているところも多いから)。工学系では公表論文の本数を条件にすることが当たり前になっていて、後発組の心理学もこれにならったという気がする。しかし、博士課程3年のうちに2,3本というのは、よほど効率よく実験をやらない限り、まず無理だと思う。そうなると、やりやすい実験に集中してしまって、その広がりや、理論的考察がどうしても難しくなる。

心理学会などに行くと、若手の人で上手に研究をやっている人はたくさんいるが、「どうしてそれをやるのか」などの質問をすると、狭い範囲の答えしか返ってこない場合が多い(「だれそれ何年の研究ではこうなったが、あんな条件を考えていないので、やってみた」とか、外国ではやっているから、という感じ)。自分の研究対象が、人間の認識などについてどんな意味を持ち、これらを包括する大きな理論的枠組みから見たときに、それがどんな位置を占めるのかがよくわかっていない。この点、認知科学会はけっこうまともだよね。

これらすべての原因が博士論文の条件となる公刊論文数に関係するとは思えないが(博士なんか誰も取らない時代も同じだったらからね)、研究に広がりを持たせるための時間を確保し、そのための努力を賞賛するような環境は必要だと思う。

気に入った言葉は繁桝先生の「目線の高い研究」だったなぁ。いい言葉だ。

それから思いついた疑問は「理論家は何人に一人くらいいればいいんだろうか」ということ。2人に1人じゃ、うっとおしい。単なる学会員の数でいうと、現状は心理学関係学会所属者数万人に対して、理論心理学会会員120名。この現状はどうなんだろうか。


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