行動遺伝学について

2004/11/15

双子がどれだけ似ているかなどの方法論を用いた行動遺伝学という学問がある。この分野の人たちは当然ながら遺伝の影響を強く見積もることが仕事になっている。

この学問はずいぶん昔からあり、その過程で徹底的に批判されたりたんで、もうないだろうと思っていた。しかしどういう理由か生き延び、最近の進化、脳あたりの関連でもう一回復活しつつあるようだ。日本では、安藤寿康(慶應)さんあたりが中心になっている。この間参加した理論心理学会というところにも、カナダからこの領域の研究者が来て、招待講演を行っていた。


こういうのは自分の信条にあわない(つまりダイナミックではない)、研究がいい加減、差別的、そういうような意味で、昔から大嫌いだった。そもそも遺伝についての考えが間違っていたり、実験的なコントロールが出来ない単なる調査研究であったり、認知プロセスについて何も知らなかったりで、ほとんど見るべきものはないはずなのだが、そこらへんは克服してきたんだろうか。少し調べてみようかな。

それにしてもこんな話にもう一回首をつっこむとは思わなかった。やりがいのある反論が提供できるような研究領域として成長していることを祈るね。安藤さんが「心はどのように遺伝するか」という本を書いているのでそこらへんからかな。


7 件のコメント

  1. Kai より:

    鈴木先生の「ダイナミック」と同じ意味になるかは分かりませんが、現在の行動遺伝学は、決して「ダイナミックでない」ものではないと思います。「環境と遺伝の交互作用」と言ってしまうとありきたりではありますが、まさにそういうものも見えてきますし。

    あと、教育心理学会でシンポジウムも開いたのですが、行動遺伝学の面白いところは、「環境」の種類を、たった2種類(家庭内共有環境と非共有環境)に分けることができる点です。それによると、性格への環境の影響は、ほとんど非共有環境であることが分かっています。

    安藤先生の本はお勧めです!

  2. HS より:

    平石さんにぜひ行動遺伝学ってどう思うという質問をすればよかったと、前のcatkat終わった後に気づいたんですね。コメントありがとう。変わってきてるんですね、安藤さんの本はぜひ読んでみますよ。

    10年くらい前の学会だけど、彼の発表(双子は筆算の引き算で同じ間違いをする)にはけっこうどぎついコメントをしていて、彼はそれを今でもちゃんと覚えていて、「この人はきつーーいことを言う」と理論心理学会でJangさん(だったっけ)に言ってました。

  3. Kai より:

    上の文章、間違えて送信していました。

    行動遺伝学の面白いところは、「環境」の種類を、たった2種類(家庭内共有環境と非共有環境)”とはいえ”、分けることができる点です。

    「とはいえ」が抜けていました。

    「遺伝」と「環境」の関係については、けっこうダイナミックな相互作用があることが分かってきています。行動遺伝学だけを扱った本ではありませんが、マット・リドレーの「やわらかな遺伝子」(Nature via Nurture)などもお勧めかと思います。

  4. JA より:

    こんなところ、見つけちゃいました。KAI君もいたとは。

    鈴木さんの批判(の一部)は、やってる当人も同感してます。ダイナミックでない。実験的コントロールができない(ほとんどしてない)。認知プロセスについて何も知らない(考えてない)、など。

    「研究がいい加減」とか「差別的」というのは、ちょっと「聞きづてならぬ」お言葉とは思いますが、依然として多くの人のもつ偏見でしょう。まだまだ道のりは遠いなぁ。でもそういう偏見は、概して見る人の側の心に宿っているものの投影だったりします。特に遺伝を扱うときに出会う差別の問題というのは、ときとして厳しい踏み絵になります。

    だからこそ、いい加減な研究はしない、差別的に用いないという決意をした人が、実験的コントロールを巧みに用いて、認知プロセスにアプローチしたダイナミックな行動遺伝学を作って欲しいんです。双生児法をうまく使えば、絶対できるはずです。

    昨年コロラド大学の行動遺伝学研究所に留学した折、三宅晶さんと話をしました。彼は自分のworking memoryのモデルを行動遺伝学的に捕らえるプロジェクトに関わっています。三宅さんの課題にいまコロラドの双生児たちが取り組んでいます。認知科学者と行動遺伝学者が協力しつつ、また互いに相手の道具立てがどれだけ使い物になるのか試し合っているという感じです。週末に一組か二組、丁寧なインストラクションをして丁寧にデータを取ります。統計的検定に耐えるサンプルを採るためには何年かかかります。私も150組のworking memory課題遂行時の事象関連電位のデータをとるのに3年半かけ、この秋にようやく一段落しました。こういう仕込みに時間のかかる研究を「いい加減」といわれるのは心外ですが、まだ日の目を見ていないので仕方ないですね。

    このたびJSTで採択されたふたごのコホート調査では、2000組の新生児のふたごの5年に渡る発育データを取る計画です。今のところアイデア不足のため、きっと鈴木さんのおっしゃる「ダイナミックな」データは取れませんが、時間軸に沿った遺伝と環境の関与の変化のダイナミズムは描けるでしょう。

    ぜひわが国の優れた認知科学者が、小手先の実験と概念遊びでお茶を濁さず、たくさんの双生児を使って丁寧にデータを取る日が来ることを期待しています(とちょっと挑発)。平石君はその先駆者だと思います。

  5. fumi_at_cam より:

    A先生、「①実験的コントロールができない(ほとんどしてない);②認知プロセスについて何も知らない(考えてない)」の批判ですが、コントロールのない心理学研究は山ほどありますよね…。また、認知関連以外が変数の場合、認知プロセスについての議論は、無意味ではないでしょうか?研究の領域というのは極めて狭められ限られているので、一冊の本ならいざ知らず、研究誌掲載規模では認知プロセスまで議論が及びますでしょうか…。行動遺伝学についての批判と言えば大まかに言って、①倫理的なもの;②「遺伝」という言葉の使用の問題、③初期研究(特に性格関連の変数)は質問紙法、が主なものでありましたよね。最近は違うのかな?また、環境ですが、またまた研究領域の広さ・狭さの話になりますよね。実証研究では、領域は狭くせざるを得ませんよね?さて、プロポーザル、先生同様毎日悩んでおります。やっぱり、質問紙法以外で何ができるか?(あと、光トポなども除いて)が鍵と思います。えっと、「ダイナミックでない」の意味は何ですか?

  6. HS より:

    そういって開き直られても、困るんですよね。コントロールがないことの積極的な意義を語れますか。プロセスが何も分からないことも何か弁解以上のことが言えるのでしょうか。こういう論法だと、どこかでしょうがない研究をやっている人がいると、自分のしょうがない研究を正当化できるような響きがありますね。困ったものです。

    まあ、こういうのは身内のMLあたりでどうぞ。

  7. 石川文子 より:

    S先生、「心理学は科学である」に忠実になりすぎたための葛藤は心理学者であれば誰でも持っていると思います。心理学研究で「完璧な科学」と自信を持っていえるのでしょうか?科学的方法を用いた心理学は常に「どこで妥協するか、どこで線を引くか」がつきまといます。かく言う私は、行動遺伝学が専門ではございません。動物行動学の方法論(自然観察法)を用いた子供の行動ならびに相互関係の研究が専門です。もちろん統計も使用しますが、実験心理学とはかなり違う研究方法です。実際、ケンブリッジ大学の動物学方法論の授業など出ますと、統計に頼り過ぎないように、と教授方自ら忠告してくださいますが。ところで、「プロセスが何も分からない」の意味は何でしょうか?