認知症?

2004/12/2

先週くらいの新聞に痴呆症というのは侮蔑を含む表現であるから、今後は「認知症」という名前にするという答申が厚労省関係の委員会でされたそうだ。

これは抗議しないといかんね。こういう言葉が広がると、認知科学は痴呆についての科学、認知的不協和は痴呆的不協和、認知カウンセリングは痴呆カウンセリング、認知発達は痴呆発達などなどとなってしまい、あってはならない誤解を生み出す。


わたしの友人の山岸さん(東工大)が冷静にこれについて分析したところによると、XXX症というとたいていの場合XXXは病的な状態、ネガティブな状態を示すそうである(俺もそう思う)。認知は、「知る」あるいは「認識」という意味であるから、どう考えてもネガティブな状態を表す言葉ではない(例外もある、たとえば神経症)。こうした意味で、認知症は日本語としてもおかしいことになる。

これは抗議しないといかんね。学会でもそういう動きがあるようなので、ぜひ厚労省に働きかけてもらいたい。


6 件のコメント

  1. 山岸 より:

    こんな抗議案を考えてみました。
    =========================
     「毎日新聞 2004年11月19日 20時54分」
    http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20041120k0000m040099000c.html
    の記事によれば、「『痴呆』に侮べつ的な意味があるとして用語の見直し
    を論議してきた厚生労働省の検討会は19日、『認知症』を使うことでほぼ
    合意した。」とある。本論考の目的は2点ある。第1には、「認知症」な
    る表現が「認知」という語義に鑑みて不適切であることの指摘である。第
    2は、「痴呆」に代わる「認知症」以外の名称を考案する方略を提案する
    ことである。

    ====== 1. 「認知症」なる表現がなぜ不適切か. ======
     「〜症」というる表現を一般に「X症」と表記すると、その成り立ちは
    下記の5通りに大別可能と思われる(5番目は後述する)。

    *1 Xが機能不全状態、あるいは症状の記述である場合。
    例1-1) 骨粗鬆症
    例1-2) 後天性免疫不全症
    例1-3) 脊髄性筋萎縮症
    例1-4) 筋萎縮性側索硬化症
    例1-5) 飛蚊症

    *2 Xが機能不全を呈している身体部位の呼称である場合。
    例2-1) 子宮内膜症
    例2-2) 心臓弁膜症

    *3 Xが機能不全状態の発見者名である場合。
    例3-1) トゥレット症
    例3-2) ダウン症
    例3-3) ギラン・バレー症

    *4 Xが機能不全を起こす原因物質である場合。
    例4-1) 花粉症
    例4-2) エキノコックス症
    例4-3) レジオネラ症

     上記1〜4の用法に鑑み、「認知症」という表現は、
    *1’ 認知とは機能不全状態、あるいは症状の記述である
    *2’ 認知とは機能不全を呈している身体部位の呼称である
    *3’ 認知とは機能不全状態の発見者名である
    *4’ 認知とは機能不全を起こす原因である
    という解釈を可能にする。某社の国語辞典によれば、「認知」とは
      a) これこれだと認めること。
      b) 法律上の婚姻関係によらず生まれた子を、その父または
        母が自分の子だと認める行為。
      c) 外界を認識すること。
      d) そう認めて聞き届けること。「申し出の—」
    である。a〜dのいずれの意味においても、「認知」の解釈が上述1’〜4’
    と両立不能であることは、つまり「認知症」という造語が、人口に膾炙し
    た「認知」の用法から乖離していることの証左である。
     さらに、5番目の語用法も「認知症」という造語の不適切性を示す。
    「X症」の用法として、上記1〜4に加え、次の慣用方がある。

    *5 Xの語義自体は、機能不全を示唆しない場合。
    例5-1) 神経症
    例5-2) 心身症

     しかし、「神経症」「心身症」は、
    http://www.mental-health.org/mh13-20-2.html
    に明白なように、諸症状を包括して言及する際の呼称で、今日では個々の
    機能不全状態は「外出恐怖症」「対人恐怖症」などと命名される(両者は
    上記1の用法である)。
     http://www.moritatherapy.com/history.htmによれば、「神経症という
    言葉を初めて使ったのは、18世紀の英国(スコットランド)の医師Cullen
    です。Cullenは、身体の正常な状態は神経系から出される神経エネルギー
    によって定まり、神経があらゆる疾病現象に関係するとする神経病理説を
    唱え、全疾患を熱性疾患、消耗性疾患、局所性疾患、そして神経疾患=
    neurosis(神経症)に分類しました。この「神経症」は包括的な概念だっ
    たので、その後、多くの疾患がそこから独立して除外されることになりま
    す。」とある。
     「神経症」即ち、「*5 Xの語義自体は、機能不全を示唆しない場
    合」の用法が受容されたのは、この表現が提唱された18世紀に、病態・病
    原の適切な分類が不在であった故、語義それ自身に機能不全を含まない
    「神経」以外の選択肢がなかった理由によると考えられるのである。今日
    「多くの疾患がそこから独立して除外され」、「外出恐怖症」「対人恐怖
    症」等が使用されるという事実は、「神経症」という「Xの語義自体は、
    機能不全を示唆しない場合」表現に頼ることの不適切さの表明と考えられ
    る。
     「認知症」についても同様である。後出の引用に見る通り、今日、
    「dementia」即ち痴呆は様々な分類が確立している。そこへ敢えて語義そ
    れ自身が機能不全を示唆しない「認知」を以て「認知症」という病名を提
    案するという行為は、「神経症」なる造語に並び称される不適当、かつ18
    世紀的時代錯誤と言える。

    ====== 2.「痴呆」に代わる名称考案方略の提案. ======
     本論考を次の提言で終える。「痴呆症」に別の呼称が必要であるなら、
    第1に検討可能な選択方略は、上記1〜4の慣用基準からより適切な造語
    を採用すればよい。つまり、
       医学的に詳細な症状の描写
       痴呆症者に共通して機能不全が見られる部位の呼称
       「痴呆症」発見者の人名
       痴呆症の原因物質の名前
    に該当する候補から適切な名称をXとして採用し、「X症」と呼べば済む
    のである。

     第2の方略として、適切な英語表現あるいはその略称を用いる手段が挙
    げられよう。「後天性免疫不全症候群」よりは「エイズ」の方が一般にな
    じんだ呼称であろうとは、政府公報
    http://www.gov-online.go.jp/movie/tv_spot/stop_aids_jibungoto_wbb.html
    が「後天性免疫不全症候群の蔓延を止めよう」と訴えず、「Stop Aids」
    と表現している例から推察できる。「Acquired Immuno-Deficiency
    Syndrome」の略称「AIDS」が政府公報の採用する表現であるなら、「痴
    呆」の場合も、適切な英語表現あるいはその略称の採用は実効性のある選
    択肢と考えられる。
     http://www.sasayama.or.jp/wordpress/index.php?p=87
    には、『「痴呆」は、英語では、Dementiaではあるが、アルツハイマー痴
    呆は、Alzheimer ’s Dementia、パーキンソン痴呆症候群は、
    Parkinsonism-dementia complex、アルコール痴呆は、alcoholic
    dementia、まだら痴呆は、lacunar dementia、エイズ痴呆は、AIDS
    dementia complex、ボクサー痴呆は、dementia pugilistica、精神病を伴
    う痴呆は、dementia with psychosis、脳卒中によって起こる痴呆は、
    dementia caused by successive small strokes、などと細分化されてい
    る。』という表記がある。例えば「dementia」を日本語の音素に対応付
    け、「ディメンシア」と表現した場合、上記「*1 Xが機能不全状態、
    あるいは症状の記述である場合。」の基準に該当することになる。同時
    に、「ディメンシア」という表現であれば、「認知症」が惹起し得る前述
    1’、2’、3’、4’の誤解は回避されるのである。

    (以上)

  2. PukiWiki/TrackBack 0.1 より:

    認知症

    認知心理学会・認知科学会・基礎心理学会の動き † 日本認知心理学会・認知科学会・基礎心理学会では、「認知症」という呼称に対し、その不適切さを指摘…

  3. やまぎし より:

     昔の話で申し訳ないのですが、1月28日、近所の床屋で散髪し
    てもらってた最中、フジテレビが夕方のニュース番組をやってまし
    た。そこで取り上げていたのが、「読み・書き・計算」ドリルを実践
    して、老人のボケ予防に効果を出すという話。そして聞いてて思わ
    ず快哉もんだったのが、当の番組を通して、一貫して「痴呆」とい
    う呼び方に終始した事。「認知症」とは一言も言わなかった。天晴れ
    フジTV。
     思うに、新聞が厚生労働省の事実上の強制に従わざるを得ないの
    は、役人に睨まれると「記者クラブ閉め出し」のメに会って、そし
    たら最後、記者が記事書けなくなっちゃうからじゃないでしょか。
    その役人恫喝も、電波メディアには通用しない、というオチかと考
    えます。
     この一件に関しては、ゴーゴーフジテレビ、ですね。「認知症」な
    る愚造語の一日も早い撲滅を願うばかりです。

  4. 鈴木 より:

    私も、認知症という名前はおかしいと思います。
    私の場合は、観点が違うのですが、差別用語全般に対しての問題だとおもうのですが、差別用語とは、差別を考えて使えば、
    どんな言葉でも差別用語になりうるものなのです。
    ものごとを詳しく説明しようとすれば、それは区別せざるおえません。片足が悪ければ、足の悪い人と言って区別をしなければいけないのです。それを”びっこ”という区別を表す言葉で表していました。それをあの人はびっこだという言うときに軽蔑しながら言ったら、それは差別です。でも、友達で軽蔑を含まないで言えば、それは単なる区別の言葉なのです。
    今、色々な差別用語というものを使わないようにしていますが、時間がたったら置き換えた言葉そのものが、将来、差別用語に
    なりうるのです。私からすればみんな言葉で遊んでいるだけです。
    ところで、認知症というのはおかしな言葉です。
    私の父親が現在、痴呆といわれている病気なのですが、そこには、二つの症状が見られます。1つは思考に関係した症状、記憶力の低下、認識の障害、例えば、大便を素手で掴んでしまう、などです。
    もう1つは運動障害です。運動能力の低下、歩行困難、日常生活の自立困難です。
    認知症というのは、後者の症状に関して不適切な言葉ではないでしょうか。素人の私でさえおかしな言葉だと思います。

  5. IBSist より:

    痴呆症、別名、認知症は違うでしょって思うんだけど

    痴呆症なのか認知症なのか・・・

  6. 西沢滋和 より:

    認知症に罹患している人に思いを寄せて
    理学療法士 西沢 滋和

     この世に存在しているありとあらゆるもの(形骸的な生命の有る無しに関係なく)の価値の高低は、それに関わっている人やその現象に反応している人がどんな結果を示すかによって変化しますから、一概にはこうだと決め付けられないように感じています。
     例えば、ゴキブリという一般家庭では忌まわしい存在の害虫と位置付けられた生き物でも、ゴキブリ駆除研究をしている人やゴキブリの生態を調査している人にとっては、その存在価値は生活に直結するとても大切な存在ではないかと思われます。
     また執筆活動を仕事にされている人にとっての筆記用具は、必需品でありそうでない人に比べればその価値は格段に高いはずだと考えます。
     同じように、認知症に罹患している家族等を抱えてしまったお方にとって、認知症に罹患している人の存在価値をどのように推し量って受け止めていくかについては、その人と家族等の今までの人間関係や認知症者の現在までの生き方等、多種多彩な要素が原因となって存在価値が左右に大きくぶれて、その高低が決まってくるように感じています。
     いとおしく恋慕尊敬して止まない対象ならば、どんな姿に変化しようが命さえあれば嬉しいと受け止められるお方もいるでしょう。
     しかし迷惑の上塗りをされたとか、介護に手が掛かり過ぎるとか、自業自得とか、呆けてせいせいしたといわれてしまうような対象であったとしたならば、前述のそれに比べればかなりの隔たりが生じてしまうような気がします。
     確かに、因果は必ず巡るものです。
     認知症に罹患している人々の存在だけではなく、罰が当たるとか、ホレみた事か、と口にしたりされたりする場面に時々遭遇している事からも、私達の意識の中には、常に日頃から自らの言動を質そうと強固な意思を育む必要性をひしひしと感じさせる今日この頃です。