行動遺伝学についてagain

2004/12/26

以前に書いた「行動遺伝学について」ご本家からコメントいただいてしまった。こういう事態になるのは分かっていたんだから(実名ですしね)、もうちょっと丁寧に書いてもよかったと反省してます。コメントのコメントとして書こうと思ったんだけど、長くなりそうなので新しいエントリーにしました。


基本的に人間には遺伝レベルでの個体差があるのは当然ですよね。これはむろん否定していません。というよりも、それがなかったら多様性が失われるわけで、まったくもってダイナミックではない、むろん進化もあり得ない。

どんなレベルで遺伝が作用するのかというのがポイントでしょう。Elmanらの本にもあるように、表象レベルの遺伝はあまり可能性がない。あるとすれば、ハードウェアにかなり近い部分だと思います。そうした意味で作動記憶の各コンポーネントなどは遺伝の影響を比較的強く受ける部分ではないかと思います。ということで、現在進められている研究は過去のものに比べればはるかに妥当なものになっていくのでしょう。

ただしダイナミカル宣言の立場からすれば、それが明らかになった上でもさらに疑問が残ることになりますね。というのも、そこにソフトウェアの話が入ってきそうもないからです。チャンキングなどの例を出すまでもなく、知識などの獲得性のプログラムがそこで走って初めて認知と言うことになるわけです。さらに人、物、文化などの外的資源の利用もきわめて重要で、メモを取る、人に聞くなどをしながら、認知の増幅を行うのが人間の認知のダイナミックな部分です。つまり記憶も含めた認知というのは、遺伝的な基盤に加えて、そういう知識などのソフト、外的資源の複合体として存在しているわけで、この中の遺伝的基盤だけを調べても何も得るところはないのではないかと思うわけです。

さらに問題なのは、そうして分かった結果を「作動記憶の個人差の遺伝による説明率は云々」というような形で公表するという姿勢だと思う(やっていないにもかかわらず先走りすぎかな)。何を覚えるのか、どんな経験を積んだ人が覚えるのか、何のために覚えるのか、どんな状況で覚えるのか、ここらへんが重要だというのが、認知心理学の知見なのだが、そういうことに対する考慮が欠けた形で伝えられることが多いんじゃないかな。すると心理の素人は当然記憶についての誤ったイメージをさらに高めることになってしまう。こういうのが結果として差別などにつながるんじゃないだろうか。

JAさんの研究がこうなるというわけではないだろうし、またこの件について相当気を遣っていることもわかるので、これが杞憂となることを望みますね。まあ、とにかく読むべき本を読んでみることですね。

ちなみにJAさんは実名じゃまずいのかな。


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