法創造と類推

2006/3/28

吉野先生が主催する法創造についての科研費の報告会があった。法律と創造という2つの言葉は、多くの人にとって反対語のようなイメージがある。しかし、立法はもちろんだが、現実のケースを法的に処理する際にはさまざまな創造のプロセスがあり、これからの法曹にはこうした創造のスキル、能力を身につけさせる必要がある、というのが、この科研費の趣旨だ。

私はメンバーなので当然出席だけでなく、発表もした。発表した内容は、以前にここにも載せた心理学会のワークショップで行った生成的アナロジーの話と、イラク邦人拉致事件の話、それとスクールカウンセラーを巡るアナロジーを組み合わせたものだった。


発表の趣旨は、ある事柄に対する決定を、アナロジーにより拡張することで、その妥当性を絶えず検証し、より合理的な判断を生み出せるような教育が必要であるというものだ。以前の繰り返しになるが、たとえばイラクの邦人人質事件における「登山のアナロジー」による決定がまずいのは、この決定を拡張すると、きわめて類似した事件に対して、明らかに不合理な結論が導かれるからである。こうした場合には、当初の結論は留保しなければならない。こうした類推による拡張をいくつも行いながら、法律の専門化は自らの主張、相手の主張の吟味を行うべきである、というのが私の主張だ。

この考え方は吉野先生が昔から主唱してきた、反証推論に基づく法的推論とまさに同じものであることに、原稿を書きながら気づいた。吉野先生はポパーの言うの反証推論を法的推論の過程に組み込むべきだと主張する。ポパーというと、やや古くさい感じがしないでもないが、重要なポイントは絶えざる反証の中で法的決定を検討していくという点である。これはダイナミカル宣言、対話的知性の精神と基本的に同じだ。これは今回の重要な収穫になった。そもそも、そういう発表をしていいのか、弱気になりながらの発表だったが、おもしろがってもらったのでかなり元気が出た。

他の発表者の発表も大変に興味深いものが多かった。商取引、国際取引を専門とされている河村先生の発表では、ある取引を設定し、これについてわざと穴のある契約書を作成し、学生たちにもんだ点を指摘させるという授業の中身が紹介された。初学者たちは、取引の全体像を考えずに、自分の都合だけで、改善案を指摘する傾向が強いこと、また当事者ごとのリスクの分析が出来ず、一面的であることなどが指摘された。これもまた反証推論、生成的類推が活躍できる場面であることがわかった。

また、執行(しぎょう)先生の発表では、ある事件に対して2つの異なる法律が適用可能であるとき、どのような推論が適切かを土地の相続、譲渡に関する実際的な問題を通して検討されていた。一般的には、特別な規定は一般的な規定に優先するわけだが、こうした単純な集合の包含関係が考えにくい場合も多く、きわめて興味深かった。ここでもまた反証推論、議論の多重化がポイントとなっている。

こうしてみると、法律、法的推論というのは、対話的知性の研究を行う際に格好の対象ではないかという思いが強くなってきた。現実の思考は、法ルール、類推の一発適用でおしまいというわけにはいかない、非情に複雑な、しかし魅力的なものを数多く含んでいる。こうした過程を解明することは、理論的にも、また実践的にも重要だ。加賀山先生からも、法律の世界では類推は下火なんかではなく、その役割、意義の解明は重要なのだと指摘を受けた。これに加えて、吉野先生から宿題をもらったので、感動しているだけでなく、来月までに少し考えないといけない。

ああ、そうそうここでの私の論文も当分は公刊されることはないので、以下に載せておきます。興味のある方はどうぞ。

鈴木宏昭 (2006) 「法創造とその教育における生成的類推」、科学研究費特別推進研究(14001003)平成17年度研究成果報告会予稿集、97 - 102.


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