ダーウィン的方法

2006/5/4

佐々木正人「ダーウィン的方法:運動からアフォーダンスへ」(岩波)を読んだ。この本は佐々木さんが10年くらい前から、さまざまな雑誌に載せた論文(ここに書いた論文も載っています)や、翻訳本のあとがき、解題などをまとめたものだ(書き下ろしもある)。佐々木さんとその関連の研究者たち、ダーウィン、リード、ベルンシュタイン、テーレンなどの仕事を通して、もの-環境-行為の関わりについて佐々木さん独自のアイディアが展開されている。

前のエントリーにも書いたように、緑の線がいっぱい引けた。


佐々木さんとは、20年くらい前、私が佐伯先生の研究室の院生の頃から知り合いである。そのころは佐伯先生の研究室のまわりにはGibsonの生態心理学、状況論などの日本でのパイオニアたちが集まってきていた。私は当時そういうのとはかなり距離を置いていたと言うよりは、反発の方が強かったので、佐々木さんとは特別に親しくしていたわけではない(むろんけんかをしていたわけではない)。

で、きちんと話したのは、私の学位論文審査の副査に佐々木さんがなったときだった。途中のものなどを見てもらい、いろいろとコメントをいただいたりした(あんまり上手にコメントを活かすことは出来なかったのだが)。

で大変に衝撃を受けたのは、口述試験の時だった。そこで佐々木さんは「鈴木さんと私は同じ道を歩んでいるのですから・・・・」と来た。あまりにびっくりしてそのあとに佐々木さんが言ったことは覚えていない。なんでびっくりしたかって、それは当然で、どう見ても同じことをやっているとは思えないのですね。そのころにも佐々木さんの著書はいくつか読んでいたのだが、ミミズとか、珊瑚礁とかがいっぱい出てくるし、いわゆる心理っぽいのでも運動、知覚あたりだったわけですね。一方の私と言えば、Fodorから研究不能の烙印まで押された、高次認知機能の中のもっともややこしい類推だったわけです。方法も全然違っていて、どこが同じなのか皆目見当もつかなかったんですねぇ。

ただ佐々木さんの言葉に困惑したというわけでなく、逆にわくわくして、で、そこから会う人に「佐々木の謎」といって、この謎を解明すると言い続けてきた。ご本人に聞けば一発だろうと思うかも知れないが、それでは意味がない。自ら気づくしかないと思い、佐々木さんおよびその関連の本をずいぶんと買った記憶がある。ただ残念なことに、その年は10月くらいまで本当に前代未聞に忙しく、実はあまり読んでいなかった。

それで12月頃、ある原稿を書いていた頃に、突然「ダイナミカル宣言」をし、この時点でやっと佐々木さんの謎が解けたと感じた。いや、解けたというよりも、解くための道筋がはっきりと見えてきたと言った方が正しい。ものすごく簡単にまとめると、「柔軟な生成を、さまざまなリソースの重奏的な絡み合いとして考えていこう」ということだと思う。そこからは楽しく研究を続けて来られた。実際、博論の最後のあたりは疲れ切っていて、これ終わったらどうすんの、というようなムードだったが、佐々木さんの謎のおかげで、グダグダしないで研究を進めることが出来た。

それでやっと「ダーウィン的方法」に戻るのだが、この本を読んで、「同じ道」というのはもっと直接的に「同じ」ということが分かった。特に、おれが博論を書いていた90年代後半あたりの佐々木さんの論文では、アプローチやネタは異なるが、主張のコアはほんとに「ああっ!」と叫びたくなるくらい同じだ(5,6章)。何と同じかというと、
発達における一対一対応仮説とか、
ダイナミカル宣言VII:発達心理学会ラウンドテーブルとか、
ダイナミカル宣言II: 反応パターンを誤差にするなとか、
・最近書いた論文でもうちょいでゲラの段階のもの、
で書いた「環境も含む複数のリソースとの間の競合、協調により、発達が成り立っている」というものだ。重要なのはDarwin,Gibson,Reedらの研究を通して、佐々木さんはこれらのことに10年くらい前からもう到達していたということだ。

ただし「ダーウィン的方法」は、上記の点からさらに進化した視点をも提供している。行為の微細な分析を通して、その行為と結びつく環境やものの記述へと進み、そこからまた行為と環境との間に成立している意味を検討する、というのがそれだ(1章、9章あたりに顕著)。これについては、具体的な研究としてはなんとも表現しがたいおもしろさを感じるのだが、抽象的なレベルでは正直まだよくわからない。


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