危ない人工知能

2006/6/11

前のエントリーで人工知能がいろいろな意味で変わってきたという話をして,そういう方向は望ましいというようなことを書いた.しかし,実はそれとは正反対の印象もあるのだ.参加して思ったのは,人工知能はお行儀が良くなったということだ.人工知能は確かにいろいろな実生活に役立ったりするわけだし,そうしてきたわけだけど,そういうことにとどまらない何か禍々しさというか,不気味さというか,危なさというか,そういう面もあるはずだ.そもそも知能を人工で作るということに,これらの印象はつきまとうはずだ.


こういうと誤解を招くかもしれないが,認知科学会,人工知能学会両方に顔を出す人たちの一部にはこうした危なさがぷんぷん匂うような人たちがいた.それでもっと大事なことは,そういう危ないのをオレは好きということだ.

今回,そういう発表にはなかなか出会えなかったのだが,最終日に会えました.Human-Agent Interaction(HAI)という近未来チャレンジセッションだ.これは名前からすれば,インタラクション,インタフェース系のもので,前のエントリーに書いたような支援系そのものと考える人もいるか知れないが,それだけではなかった.ポットに手を付けたり,冷蔵庫に目玉をつけたりロボットにbiological motionをつけようとしたり,とにかく見ていて面白い.しかし,こういう奇抜なことが面白いと言っているわけではない.こういうagentを前にしたときに人間の振る舞いがさらに面白い.エージェントを前にして,うろたえたり,行為不能になったり,誤解したりする.こういうのを見ていると,エージェント云々ではなく,人間の知性が浮き彫りになるところが面白いのだね.いかに微妙で,言語化が不可能で,意識化が難しい情報が我々の対話的知性を支えているのかが,こういう研究を見るとはっきりとわかってくる.

このセッションの後半しか聞けなくて残念だったのだが,とにかくこれは収穫だった.


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