「知性の創発と起源」刊行!

2006/7/25

以前にお知らせしたかも知れませんが、「知性の創発と起源」がオーム社より刊行されました。これは、いい本ですぜぇ。もうちょっと前から出ていたのですが、アマゾンのリンクを入れるためにこのエントリーを寝かせていました。

0章 総論:認知の創発的性質 鈴木宏昭
第I編 揺らぎ創発する知
 1章 脳における生成とクオリア 茂木健一郎
 2章 学習と発達における揺らぎ(*) 鈴木宏昭
第II編 かかわり合う知
 3章 遊離物と知性(*) 野中哲士
 4章 法規範の定立と社会規範の創発 太田勝造
 5章 創発のためのソフトウェア(*) 中小路久美代・山本恭裕
第III編 育ち、進化する知
 6章 身体的「知」の進化と言語的「知」の創発 岡ノ谷一夫
 7章 ヒト知性の生得的基盤 稲垣佳世子・波多野誼余夫
 8章 共発達の構成論(*) 植田一博・小松孝徳


この本は人工知能学会誌の「知の起源」の中の5つの論文に、新たに4つの論文を加えたものです(新しい論文には*がついています)。各々すごい力作で、何回読んでもいろいろな発見があります。ぜひご購入ください。

以下にこの本の序文、および各編ごとの扉に書かれた論文の紹介を載せておきます。

「まえがき」

知性の研究を取り巻く風景は大きく変化した.この変化を「生物学的シフト」と呼ぼう.これは、コンピュータとの類比で人間の知性を捉えていた時代から,これを生物の特質として捉えようとする時代への変化を指す,人間が生物なのは自明のことであり,いまさら何を言うのか,といぶかる読者も多いかもしれない.そこで多少歴史的な事情を説明したい.

1950年代から80年代初頭までの知性観を支えてきたのは,素朴なコンピュータメタファーである.これは,機能な観点から見れば,人間の知性はコンピュータの働きと同じであるとする考え方である.この時期,心理学者,計算機科学者,言語学者,哲学者たちは,知性は言語に近い形で表現された表象と,アルゴリズムの形で定式化できる計算のペアとして,知性を捉えようとしてきた.外界からデータが与えられると,記憶装置に表象として貯えられた内部プログラムが適当な計算を行ない,出力を出すというわけである.コンピュータのプログラムのように,明確なルールによって支配される,システマティックで,スマートなものというが,この時代の一般的な知性の捉え方であった.

ところが80年代後半あたりから,知性の研究に新しいメンバーたちが加わり,素朴なコンピュータメタファーの描く知性観とは全く異なった知性観が生み出されるようになった.新しいメンバーとは,脳科学者であり,生態心理学者であり,進化心理学者たちであった.脳科学者たちは,新しいイメージング技術を得ることで,平常時の人間の知性の働きを詳細な形で分析し始めた.心理学者の一部は,ギブソンの生態心理学を再発見することにより,身体,環境という新たな知性のリソースを見いだした.進化心理学者たちは,進化論という強力な理論を知性にも適用し,環境への適応という観点から,人間の知性を再検討する可能性を切り開いた.

これらの新しいメンバーたちは,素朴コンピュータメタファーでは取り上げられてこなかった,人間の生物的特質に焦点を当ててている.すなわち,天文学的なレベルの神経組織が並列に動作する脳という器官を持った人間が,身体を通して環境と関わり合い,揺らぎつつも,自らを変化させ,柔軟に,そして適応的に生きていくという姿である.

こうした生物学的シフトにより,多くの新しい研究分野が生み出された.低次のみならず高次の認知機能をも含めた心の働き全般を脳のレベルで解明しようとする認知神経科学,身体を通して環境とやり取りをしながら知性を発現させるメカニズムを解明しようとする身体性認知科学,そうした人工物を作ろうとするロボッティクス,環境とのよりよりインタラクションを通して知性の働きを増幅させようとするインタフェース研究,人と人とのインタラクションから知性の成り立ちを検討する社会的相互作用研究などはその一部である.

本書は,編者である鈴木がこうした動向を人工知能研究者と共有しつつ,さらなる問題や展開の可能性を議論したいと考え,これを人工知能学会編集委員会に提案したことに端を発する.この提案は,編集委員会で了承され,学会誌18巻第4号に「知の起源」という特集を組まれた.この時点では,脳科学,動物行動進化学,生態心理学,法学,発達心理学などの,人工知能研究の関連分野における一線の研究者を迎え,これらの分野の知見と今後の展開をまとめるようにした.本書の0,1,4,6,7章の5つの章は,この特集の論文そのもの,あるいはそれに若干の加筆修正を加えたものである.

その後,この特集を拡大した形で『知の科学シリーズ』の1巻として刊行するチャンスを編集委員会から与えられた.このとき,全体を整理するために,生物学的シフトを構成する3つの柱を立てることにした.これらが,本書の3つの編となる『揺らぎつつ創発する知』,『かかわり合う知』,『育ち,進化する知』である.そして,各編の中身をさらに充実するために,4つの章(2,3,5,8章)を付け加えることにした.

このような次第で,8つの論文は3つの編名に表されるトピックに分類されている.ただし,どの論文もそのトピックのみを取り上げているわけではない.なぜなら,創発,揺らぎ,かかわり合い,進化,発達というキーワードは相互に規定し合いながら,本書で示されるような新しい知性観に基づく研究を深いレベルで特徴づけるものだからである.この意味で,各編はおおざっぱな目安と考えていただきたい.

各章は単にその分野の知見をまとめただけのものではない.いわゆる危ないアイディアも随所に見られる.しかし完全に確証された,安定した知性から変化を生み出すことはできない.本書で示される揺らぎを持った知が,読者とかかわり合いながら,知性の科学的研究をより進化させる原動力となることを心から願う.

最後に残念なお知らせをしなければならない.本書の第7章を執筆していただいた波多野誼余夫先生が本年1月に急逝された.波多野先生は,40 年にわたって国内外で活躍を続け,認知科学,発達心理学をリードし続けた.ここ20数年間は人工知能,神経科学との共同研究の中で,最先端の問題を,驚くほどの博識と鋭すぎるほどの論理で追い続けてきた.本書の7章にある稲垣氏との共著論文は,こうした卓越した知性の到達点である.

2006年6月

鈴木宏昭

・第I編とびら
第I編では,生成,創発に関わる問題を取り上げる.人が知性を働かせる状況は絶えず変化しており,過去とまるで同じ状況は原理的には存在しない.したがって,人は絶えず新たな状況の中で,認知,行為を生成しなければならないことになる.当たり前のことだが,出会うかもしれないすべての可能性を事前に確定し,そのためのプログラムを準備しておくことはできない.このような一見不可能な状況に人間はいかにして認知,行為を生成,創発しているのだろうか.

1章の茂木論文では,複数のコンテクストを表現する神経細胞の活動がこの謎を解く鍵となることを指摘している.またこうした多重の神経活動を意識との関わりにおいて考察し,人間らしい知性の解明に向けた議論を展開している.

2章の鈴木論文では,発達や学習における生成の問題を,認識の多重性とそれが生み出す揺らぎから検討している.この論文では,ある状況における認知は複数の資源の同時並列的活性とそれが作り出す揺らぎを持ったパターンであることを主張する.そして,この揺らぎが次の段階への進歩を支えている可能性を検討している.

・第II編とびら
第II編では,人の知性が頭蓋骨の中にあるのではなく,状況を構成するモノ,他者,道具との関わりの中で生み出されていることを明らかにする.人は環境の中で知性を働かせる.この環境の中には,いわゆるモノ=物理的対象がもちろん,他の人間も含まれる.さらに,他者が作り出した道具などの文化的遺産や社会的規範なども存在する.ところが,伝統的な認知研究は,こうした複雑で多層的な知性の動作環境をできるだけ単純化し,言わば真空の中で認知を研究してきた.しかし,こうして研究された知性は,我々が日常世界で見せる見事さを説明にするにはあまりにも貧弱なものであることが次第に明らかになってきた.

第3章の野中論文では,1人の赤ちゃんの行動を詳細に分析することを通して,人の知性はそれが働く環境を前提として組織化されていることを明らかにする.そして,環境の変動は必ずしも認知の障害となるのではなく,新たな認知の可能性を誘導していると論じる.

我々は環境を受容するだけでなく,環境を作り出すこともある.法律を含む社会規範は,我々の社会生活を支える重要な環境である.これは,常識的には,社会の構成員の同意や取り決めによって意識的に作られたと見なされている.4章の太田論文は進化ゲーム論の立場から,こうした通説を覆し,社会規範が実は戦略の進化的安定状態として創発したことを指摘する.さらにミーム論の立場から,社会とその規範の共進化の可能性を論じている.

人の作り出すもう1つの環境は道具である.道具は我々の知性を増幅させる働きを持つ.第5章の中小路論文では,道具により外在化された我々の内的表現が,我々にまた語りけ直しをすることにより,創発が生み出されると論じている.そして,この語り合いをより生産的で,創造的なものにするために開発された一群のソフトウェアを紹介している.

・第III編とびら
第III編では,知性の進化,発達を取り扱う.知性は環境の中で生成,創発を繰り返す中で,自らを変化させていく.

第6章の岡ノ谷論文では,言語の進化について論争を巻き起こすような見解を提出している.この論文では,言語を可能にした個々の身体的な知は淘汰の産物であるが,言語そのものはそれらから創発したことを,進化論,動物行動学の知見を縦横無尽に駆使しつつ論じている.

第7章の波多野・稲垣論文は,子供が言語,数,素朴生物学理論を獲得していくために必要なメカニズムについて検討している.この論文が主張する,制約された構成説は,発達心理学,人工知能,神経科学の知見を最大限に活用した,現実性の高い提案となっている.

第8章の植田・小松論文は,社会的な相互作用の中で人が学習する過程について精密な実験とモデル化を通して検討している.この論文がいわゆる社会的学習研究,強化学習研究と異なるのは,教える側もまた学習者の状態に応じて変化していくという,相互適応を重視する点である.この知見をもとに,彼らは人工物と人間の間にかけがえのない関係が作り出されるための条件を考察している.


1件のコメント

  1. NAKAHARA-LAB.NET BLOG : 明日の教育、こうなる、こうする より:

    知性の創発と起源

     このところ読書に大忙しである。大変興味深い書籍が、矢継ぎ早に出版されているから…