帰納推論と因果推論

2006/8/12

今日(8月11日)、研究室で仕事をしていると、岩男君が突然やってきた。ひどくびっくりしたが、青学でやっている非常勤の科目の試験答案をわざわざ受け取りに来たとのこと(なんで郵送しないのだろうか)。

私は昔から認知科学の三大恥辱(大事なのに研究が進んでいない、あるいはやられたのにさっぱり分かった気にならない)は、


・意味、
・時間、
・帰納
の3つだと言ってきた。岩男くんは帰納推論を専門とする認知心理学者で、朝倉書店の「心理学総合事典」の思考の章の帰納の節を担当して頂いた。この原稿はとてもよくできた原稿です。因果推論、カテゴリー、カテゴリーによる帰納推論、帰納の計算機モデルなど、包括的に論じている。

とういことで、帰納推論の可能性について飯を食べながら少し議論をした。従来帰納というと、概念学習のような文脈で語られ、要するに共通項の抽出問題として扱われてきた。しかし有名なMurphy & Medinの論文で述べられているように、またBarsalouのadhoc categoryなどの研究でも示されるように、単なる共通項の抽出問題としてしまうと、不要なカテゴリーが山のように出来るとともに、大事なカテゴリーを作るのがとても難しくなるという問題にぶち当たる。Murphyたちは、「理論」がカテゴリーを作る際の核になるという説を出したのだが、これはその「理論」というものがどういうものなのかが未だに不明な部分も多く、ハードな帰納、カテゴリー研究者たちからは不評のようだ。

ところで考えてみると、「理論」というのは基本的にはオントロジー、存在論を定める(つまりどんな対象を説明項、被説明項として用いるか)という役割と、その間の関係を規定するという役割の2つを持っている。この関係というのは、まさに因果関係のことだ。たとえば古典力学で言えば、運動と力(加速度、質量)を因果的に結びつけるということになる。進化論というのは、種の特徴を種の存在する環境における生存、生殖に関わる圧力=淘汰圧との関係で因果的に説明しようとする。

こうしたことから考えると、「理論」というやや曖昧な理論構成物を、因果というものへと転換し、研究を進めていく可能性が見えてくる。最近(でもないか)、やはりこの事典の執筆者(演繹担当)の服部さんが因果推論についてのきれいな数理モデル(double heuristic model)を提案している。こういうのをバネにして帰納推論をもう少し展開できる可能性があると思う。

等々、岩男君と話したこと、そのあと考えたことなどをこみこみで。


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