もうだいぶたってしまったけど一応認知科学会06

2006/8/20

いまさら書いてもとも思うけど、中京大学で行われた認知科学会について一応自分のためのメモを残しておく。

最初に書いておくべきことは、Macのノートを持って行ったのに、外部モニターへの接続アダプタを忘れて真っ青になったことだ。前日入りしていたので、急遽宅急便で家からアダプタを送ってもらって、大会初日に到着。一安心と思って、初日夜に発表練習などをしていると、バッテリーがなくなってきて、おっと充電と思ったら、電源アダプタも忘れてきたことに気づく・・・・。結局Apple Store名古屋に行って、電源アダプタを買う。約1万円。これで3つめだ・・・。

1。発表関連
・前日:今回の発表の共同研究者である、卒業生の竹葉さんが名古屋に勤めているので、前日入りして、発表の内容を二人で検討した。

・初日、シンポジウムを聞いた。茂木さん、三輪さん、戸田山さんがスピーカ。モデルの持つ意味、モデルの役割、モデルのあり方について、三輪さんと戸田山さんがお話しした。正直言って、モデルというものの価値がわからなくなった。細かいことはおいておくと、モデルの前に理論があるんじゃないのという思いを抱いた。茂木さんの話は、よくわかる。まあ生成が大事、バックグラウンドが大事という話ですのでね。それから確率批判を行っていた。これは結構反発する人も多かったようだが、茂木さんの言いたいことはよくわかる。つまり結果としてaggregateレベルで行動を確率で表現できると言うことと、認知のメカニズムの中に確率的だという前提を入れることは別の話と言うことだ。たぶんそういうことだと思う。だとすれば、ここに書いたことと同じだ。よくわかる。この本の2章にも書いた(買ってね)。あと、パワポを使わないということで、マイクだけで話していた。

Vosniadouの講演は、まあ特にというか、基本は10数年前の話。ただ、その後いろいろな文化圏で実験を繰り返し、syncreticモデルの多様性が見えてきたとのこと。でも基本は同じという話なのではないかな。


・2日目:自分の研究発表をしてきた。ポイントは、熟達において、いわゆる自分のメインでやっている行為を支える環境の変化が重要という指摘をした。特に、当該行為に直接に関わらない自分の身体部位をうまく調節することが熟達、スランプからの脱出の鍵になるのではないかという話をメインにした。話が単純なので、多くの人にわかっていただけたのではないかと思う。終わった後何人もの人に質問を受けた。

同じセッションの最初の発表者が諏訪さんだったので、結構プレッシャーでしたね。彼はおもしろいネタを、いい勢いと熱意を込めて語るので、次の発表者のオレは結構つらいわけです。ちなみに彼の発表は、ボウリングの熟達過程(999ゲーム!)を、例のメタ認知的言語化の観点からとらえたものだ。今回は特に、言語化のレベル(ミクロ、マクロ)と成績との関連を語った、とても刺激的なものだった。行為を成り立たせる、様々な変数への注意の向け方がシフトすることにより、壁を乗り越えることができるとのこと。

・3日目:学習科学関連のセッションで、院生の長田さんの発表があるので午前中から出かけました。やらねばならない基本的なことが山積みになっていることを実感した。次の益川くんの発表は、学習科学研究のある意味お手本の研究で、大変に参考になった。なほみさんに「すごいですね」といったら、「そりゃそうよ、彼の博論だもの」と一言。

午後は会長企画シンポジウムというのがあった。これからやるとおもしろいテーマを話すという趣旨だ。スピーカは高野さん、片桐さん、原田さん、開さんに加えて、オレ。高野さんのは非常にわかりやすかったし、彼のこれまでの研究がどういう精神によって支えられてきたのかがわかった。片桐さんのは、次がオレだったため、いろいろ考えていて、よく聞いてなかった。原田さんのは、彼女の研究の自然な展開が見えてきた。社会的に見て重要だろうなとは思ったけど、オレの方向というのか、メンタリティとはずいぶんと違う。開さんは、赤ちゃん研究を通した「自己」の解明を目指すというもの。

で、オレは何を言ったかというと、このBlogにもよく書いてきたことだと思うけど、新国家主義、復古主義、政治的無関心と同居した右翼的傾向を何とか認知科学の観点から批判的に分析し、自由と民主主義のために研究しましょうという話だった。タイトルはかなり考えて「Chomkyになりたい」とした。これは、というかこのタイトル(だけ)はかなり受けたようだ。Chomskyは言わずとしれた強烈な反戦主義者であり、無政府主義的サンディカリストで、民主、共和、そしてメディアも偽善だらけであることを徹底的に批判してきた。またLakoffもRockridge Instituteという、保守主義に対抗するために作られた機関(民主党系)で活躍し、関連の書籍もある。このページはおもしろいので読んでみるとよい。保守陣営がどうやって言葉をうまく操り、大衆を操作しているかがよくわかる。

こういうのに習って、オレも何かしようと言うわけだ。おそらくやることは政治家の本や発言のロジックを分析して、これがいかにでたらめかを明らかにすること、それから彼らのロジックに対抗するロジックを作り上げることだ。発表では、例の自己責任のアナロジーの話をしてきた。

最後は午後6時から始まる大森さんのワークショップに出席した。すごい話もあったんだけど、ちょっとまとめられそうもない。

ポスターはあまりに混雑していて、とても聞くことができなかった。自分がポスター発表じゃなくてよかったと思った。あの喧噪の中、ぎゅうぎゅう詰めになって話すのは、もう年齢的に難しいという気がした。

2.発表以外
ほかによかったのはいろいろな人と話ができたことだ。大会委員長なのに(?)、なほみさんとはずいぶんと時間をとってくれて、いろいろ話ができた。またJAISTの永井さんや森田君とも懇親会でデザインと認知の話をかなりできて刺激になった。諏訪さんとは日本のスポーツについておもしろいというか、絶望的な話を聞いた(しょせん、パワー、体だということ)。後、植田研の大本君ともおもしろい話ができた。

そうそう、あと前日に私の研究室の人が集まって、飲みながら話したのもおもしろかった。特に卒業生の舘野君と、なほみさんの息子の三宅君(まさきだったっけ?)が一緒で、二人とも東大情報学環の山内さんの研究室なんだけど、あちらの情報などが聞けた。よった勢いで、昔やった悪事をずいぶんと話してしまったような気がする。ああ、悪事といえば、有元(横国)に地下鉄であって、「昔・・・・」という話をされ、20年近く前の完全に忘れていた、ちょっとここには書けないいろいろ(ボトル事件、マイク事件、印刷研究所、ペガサス等々)を思い出さされて、(自分のやったことなのに)爆笑するとともに、唖然とする。20分くらいだったけど、笑った笑った。神戸喜久右衛門とはスケールが違うが、まあ困ったものですね。最後の最後、大西君とゆっくり飲みながら、モデル、熟達、研究環境などについてじっくり話す。近藤さん(NTT)、伝さん(千葉大)とはずいぶん長い時間一緒にいたのだが、会話はあまりなかったよな・・・。

懇親会も忘れてはならない。日本酒うまかったぁーー。なんでもプログラム委員長の白水さんが滅多に手に入らないものを、どうやったか知らないけど手に入れたとのこと。誰かが、さすが元日銀とか言っていたけど、そういう話なのかな。料理はほとんど手をつけなかったけど、最後まできっちり余っていた(認知科学会では珍しい)。


2 件のコメント

  1. Ohnishi,H. Communications より:

    [スキル学習] 「上達のカギは片腕より両腕で…」なんて結論は出てこない

    先日(20日も前か…)、「上達のカギは片腕より両腕で…」という記事を取り上げ、「単純過ぎるんぢゃあないかぁ」と書いた。論文を入手して、全部ではないが読んでみた…

  2. ありもと より:

    あら。こんなところに。もっと様々な悪事がありますぜ、小生ありありと覚えてます。またふぁげしく狂ったように呑みましょう。