パントマイムにおける身体知

2006/9/6

9月4日身体知研究会に参加した.前のエントリーにも書いたけど,古川先生をリーダとした科研費が元になっているものだ。私は2回目なのだが,数ヶ月に一度くらいのペースで行われている.3つの発表があったが,最初の山田とうしさんのパントマイムにはたまげた.


例の壁の演技なども見せていただいたが,もう本当に演技を見ている方にも壁が見えてくる。これはいわゆるバイオロジカルモーションの話だと思う.それにしても、こういう研究会のいいところは,ものすごく近くで演技を鑑賞できるという点だ.遠くからでは気づかないような,いろいろな動きが見える.つま先とか,ての動きの微妙な変化とか,そういうディテール(ではないのだろうが)と渾然一体となった協調運動が、そこにまさに壁があるかのように感じさせるのだろう.

さてこうした動きはどうやって獲得されるのだろうか.人の壁に対するバイオロジカルーモーションを、自分の目でキャプチャーしているかのように考えたくなるのだが,そう言うことだけではむろんない.はじめは模倣や型の習得がある。そこから想像を重ねることにより,その動きのイメージ,あるいはプロトタイプのようなものを抽出する。そこで自分なりの動作を行う、そこからまた想像を重ねるというように進むらしい。これは、まさに諏訪さんの言う構成的知覚だろう.構成的知覚というのは,概念と知覚(運動も含まれることがある)の相互作用のサイクルの中で,新たな情報を発見する、そうした知覚のことだ.

たださらに、かどうかはまだよくわからないが,自分なりの動きを作り出すときに,『心』を入れると言うことを強調されていた.そのものになりきる,その状況に入り込むというような、そうしたことだ。これは模倣すべき身体運動という外見的なものではなく、それを生み出す状況,心のあり方の重要性を含んでいると思う.生田さんの言葉で言えば,形と型の違いとなるのかもしれないし,佐伯さんの言葉で言えば結果マネと原因マネということに対応するのかもしれない.


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