人間の社会性の文化的・適応的基盤と北大のCOE

2006/9/10

という北大のCOEに基づく研究会に行ってきた(場所は麻布十番というか,六本木というかそこらへん).進化を通して,社会,組織,制度,文化などの研究を行うというのが,このCOEの目的であるの.ということで,れに関連した研究を行っている内外の研究者たちが発表するというものだ.

Leda Cosmides(進化心理学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校)
 Joseph Henrich(進化人類学、ブリティッシュ=コロンビア大学)
 Shinobu Kitayama(文化心理学、ミシガン大学)
 Mary C. Brinton(社会学、ハーバード大学)
 山岸俊男(社会心理学、北海道大学)
 亀田達也(社会心理学、北海道大学)


という豪華メンバーであり,こういう人の話を聞くと本を読むより理解が早いので,2日間朝からでかけていった.がんばったかいがあり,大変に有意義なシンポジウムで,多くのことを学んだ.

印象に残った話だけを自分なりにまとめる.

初日は亀田さんの話から聞いたのだが,多数決がいかなる状況で合理的な決定方法となるのかを,進化シミュレーション,心理学実験の2つを通して明らかにした.多数決はベストな選択をできるメンバーの独裁的な決定方法に比べても,別に劣っているわけではないこと,さらにそれは選択のコストが高いときと,オプションの数が多いときにはそうであることが,明確な形で述べられていた.適応的アプローチによる見本のような研究と感心した.これは彼のスタイルとなっていますね.

2つめのレクチャーは例の4枚カード問題の社会契約説を唱え,進化心理学のパイオニアであるCosmidesさんによるものだった.これは正直言って,89年あたりの論文の話が多く,新たな展開と見られるようなものはわずかしか聞けなかった(ように思う).

こういう話を聞くと,進化的アプローチというものが,かなり生産性の高い概念装置であることが分かる.ただ疑問に思ったのは,進化,適応,淘汰のようなものは,メタファーなのか,それ以上のものなのかという点である.たとえば社会契約スキーマ(モジュール?)は,実際に進化の過程で作り上げられているのか,またそうして作り上げられたものが実際に今我々が使っているのか,という問題だ.亀田さんの話で言えば,多数決のような決定方法は進化の過程を経て,つまりそうした方法使わなかったグループが淘汰されることにより,作り上げられてきたものなのか,という問題となる.Cosmidesさんにはこれについて実際に聞いたのだが,神経心理学や発達の話を持ち出し,実際にそれが使われているということを述べていた.ただ,それらはむろんないよりはいいのだが,やはり傍証にすぎないのではないだろうか.

もう少し考えてみると,オレ自身のこうした疑問自体がナンセンスであるという可能性がある.つまりそんなことは検証のしようのない問題であって,問題にならないというわけだ.しかしもし検証のしようがないということを認めるのであれば,やはり進化,適応という概念はメタファーにとどまってしまうのではないだろうか.

二日目は,なんといっても山岸先生のレクチャーが印象的であった.実験も大変に面白かったのだが,文化心理学とinstitution approachというのの対比は面白かった.文化心理学が様々な国の人間の対比を行ない,X人はこれこれ,Y人はこれこれの性格,思考方法だというような記述が多いと批判し,それを覆す実験をいくつも紹介した.これを通して,preferenceとstrategyという用語を対比させた.preferenceというのは,特定の文化の人に内在するようなある種の傾向性のようなものを表す.一方,strategyとは,人やものなどが構成する状況との関係で,適応的に行動を選択するシステムであるという.そして実験の結果はpreferenceではなく,strategy説を支持しているというような話をしていた.これはとてもダイナミカル宣言的立場から見ても,大事な指摘ではないかと強く感じた.一方,insititutionとcultureというのは,どうもその関係がわからなかった.

北山先生のtalkも非常に興味深く,未開地に開拓に出かけるような精神性が個人主義的な傾向と強く関係しているという話であった.これが面白いのは,よってアメリカ人は個人主義的傾向が強いのね,というだけでなく,なんと『北海道』まで出てきたことだ.北海道も開拓,未開地への進出という観点から見ると,アメリカと同じであり,北海道で生まれ育ったような人間はアメリカ人的特質を持つという仮説だ.これがまたいろいろ実験を行なうと,ことごとくあたる.狐につままれたような話だが,データは説得的だし,とにかく話は面白い.実は,この先に,文化化とか,そこらへんの大事な話があるのだが,ここはうまく整理できない.まあ,北海道に行くような人間だからそうなるのか,北海道生活の中で徐々にそれらが築き上げられるのか,北海道に『感染』(これはオレの勝手な用語法だが)みたいな感じでそうした精神性が作られるのか,というような議論をしていた(一瞬寝てしまったというのと,専門外ということでうまくまとまっていない).

もう1つ感心したのは,北大のポスドク,院生たちの発表だ.いずれもしっかりとした理論的分析と実験に支えられた研究であり,またこれを英語で堂々と(今更なにいってんだと言われるかもしれないけど)発表していた.立派なものでしたよ.このような,若い研究者たちが世界を相手にした研究をできるような教育と研究の拠点を作るというのが,COEの大事な目的の1つであるわけで,その意味では北大のこのCOEはまさに立派にこれを成し遂げたということができるだろう.

認知関係の人は少なかったなぁ.白水さんと,東工大の人3名以外は認知科学会でよく合う人たちはいなかった.そうそう,初日は亡き戸田先生のお気に入りだったという,恵比寿のイタリアンレストランに白水さんと一緒に行った.大変においしいところで,感心した.


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