心理学化による誤った原因帰属

2006/9/13

9月13日の朝日新聞夕刊に、パレスチナ問題の専門家、栗田禎子さん(千葉大)のインタビュー記事が載っていた。この方によると、パレスチナ問題は第一次世界大戦以降の政治、経済、歴史の観点から捉えるべきであり、宗教対立という視点を持ち込むべきではないという。簡単に言うと、この紛争を宗教などの内面に根ざすものと捉えるのではなく、イギリスの三枚舌外交(Wikipediaによる)に基づく、紛争と捉えるべきだという話だ。


宗教的対立という軸が強調されることにより、この紛争が特にイスラム教徒に内在する(かのように報道される)、常軌を逸した精神性が引き起こしたものという見方が広がってしまうという。具体的に言うと、こうした見方が広がることにより、自爆テロのような理解不可能な行為は、彼らに内在する理解不可能な信仰(あるいはそれを支える心理)に基づくと判断してしまうことになる。

こういう心理学化の帰結はきわめて危険だ。狂気の人間と話し合うことは、そもそも不可能であり、攻撃、壊滅があるのみ、という結論を正当化してしまうからだ。これは単なる可能的な危険性の問題ではなく、現実化している。米国によって行われている敵性戦闘員の非人道的で、国際法に反する監禁、さらには拷問は、この心理学化の帰結だろう。

これはこのBlogで何回も指摘してきた心理学化、心理主義化ということだよね。と書いて、自分のBlogを検索したら、そういう言葉を使った形跡はなかった。ということでここで簡単に解説すると、心理学化とはいろいろなことの原因はすべてそれを引き起こした人の内面に求められるべきであるというのものだ。これは最近、教育問題においてよく用いられている。要するに成功しなかったもの、不適応者、犯罪者は、おのれの内面(頭、性格など)に問題があったからそうなったのであり、そいつの自己責任だ、そういう形でよく用いられる。こういう考えは、個人に内在しない、経済、社会的な格差を隠蔽するものとして、一部の人から強く批判されている。

国際紛争に対しても同様のことが言えるわけですね。なるほど大変に勉強になったという次第。


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