結果とその解釈、誤解釈

2006/10/7

10月3日の朝日新聞の「政態拝見」という政治関連の記事において、北大の山岸先生夫を中心としたCOEの研究の成果(の一部)が大きく取り上げられていた。以前のエントリーで私が書いたのと同じように、このCOEが本当にうまく運営され、すばらしい成果を上げているということも書かれているのだが、ポイントは最近の教育行政における右傾化との関連である。


多くの人が知っているように、自民党の一部議員たちは、戦後教育により、このごろは子どもも、教師も、親もすべて心が病んでいるので、戦前の道徳心、愛国心をきっちり教えないといけないという、なんとも軽薄で、厚顔無恥で、非理性的な主張を行っている。

山岸さんの研究はこうした何でも心の問題とするような考え方、心理主義、心理学化が心理学的に妥当でないことを示すという形で紹介されている。(前のエントリーに書いたシンポジウムでも述べられていたのだが)、彼の実験は簡単だがなかなか奥深いものだ。被験者にダミーの実験を行わせて、その謝礼として5本のペンを用意する。このうちの1つだけは色が異なり、残りの4つは同じものとしておく。さて被験者はどのペンを取っていくかというものだ。そんなの人それぞれだろうと思うかも知れないが、先行研究によれば、日本人は偶然以上の確率で4本のうちの1本を選び、アメリカ人は1本だけのものを選ぶという。

こういうことが、日本人とアメリカ人の違いとして喧伝されてきたが、実はこうしたアプローチは間違いだと、山岸さんは指摘する。たとえば、ペンを選ばせるときに実験者がいなくなってしまい、被験者が一人で選んでいい状況になると、日本人もアメリカ人並みに1本の方を選ぶ。またアメリカ人の被験者に、「今日は5人の被験者が来ますが、あなたが最初の被験者です」と告げると、4本のうちの1本を選ぶという。

こうしたことから、日本人、アメリカ人の傾向性、好み、性格のような単純なまとめ方をするのは間違いだと山岸さんは主張する。そして場面との関係であるストラテジーを選択していると捉えるべきだという。そして人の行動はその人の心だけではなく、まわり、あるいは制度との関係で決まって来るという。

さて朝日新聞の記事では「一人一人に『心を入れ替えなさい』と要求する発想には、ひとは完全に独立して自分の行動を決めているという前提がある。それは根本的な間違い」という山岸さんの言葉を引用し、何かを個人の頭の中に詰め込もうというような教育はそもそも誤っているのだというような論調で語っている。

山岸さんの主張自体は実験から得られた妥当な結論だと言える。また心理学主義、心理学化に対する有効な反論となるだろう。そして記事では「政府が選んだCOEの実験室はフル稼働し、・・・その成果を教育再生にも活用してはどうか」と結んでいる。しかし、そこにはけっこう危ないものも含んでいるのではないだろうか。

政府がこれから行おうとしている教育改革や、現に東京都で教育委員会が行っている暴挙は、まさに山岸さんの知見と整合的とも言える。つまり個人に単に知識として何かを教えるのではなく、集団の監視がある中で、特定の行動を選択するような圧力をかけ、それに背いた少数派を処罰するという形で暴挙が行われている。これは、社会の仕組みの側から人を制御しようとすることそのものではないだろうか。どんなに良心があっても、まわりがそういうことを許さない状況になれば、人はいやいやか、進んでか分からないが、元々の意思に反した行動を選択することになる。こうしたことをまさに利用しようとしているのが今の歪んだ政治ではないのだろうか。

山岸さん自身の意図としてはむろん安倍内閣をサポートする気は全くないのだろうが、上のような解釈や応用も十分可能なわけだ。このことは皮肉にも、再度山岸さんの主張を裏付けているような気がする。


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