天野清先生について

2006/10/31

学部時代大変にお世話になった天野清先生が今年の初めに中央大学で最終講義を行ったということが(今頃になって?)分かった。最終講義の内容が分かる中央大学の心理学科のニュースが届いたのでちょっと書いておきたい。


学部時代なかなか心理学になじめず,というか自分の興味ある分野の話が聞けなくて,苦労していた.当時はいわゆる実験のための実験のようなものではなく,何か社会に対して実際的な意味を持ち,かつ記憶以上の高次認知を扱うものを欲していたのだが,自分の勉強不足と時代の制約のせいで,そこらへんには出会うことができなかった.

そんな中で天野先生のゼミに出会った.先生は当時非常勤講師として発達心理学関係の特殊講義を担当していたのだが,ここでは理論と,rigorousな実験と,実用性が三位一体となったすばらしい研究に数多く触れることが出来た.一挙にやる気が出てきて,講義が終わるたびに先生に質問しにいったら,当時先生がつとめていた国立教育研究所(現在の国立教育政策研究所)で実験助手みたいなバイトをやらないかという話が来た.もうそれはうれしくて,すぐさま『行きます』とこたえて,バイトとして1年以上厄介になったというか,実験のお手伝いをした.

バイトはもっと楽しくて,こんなんでお金をもらっていいのかなというくらい勉強になった.幼稚園,小学校(目黒区,川崎,荒川など)にいって様々な検査を行ない,遅滞児,今で言えばLDのような子供たちを見つける.そうした子供たちに週1,2度ソビエト心理学(Vygotsky, Luria, Leont’ev, Galperin)らの理論とテクニックにさらに改良を加えたものでトレーニングする.するとLDと言われていた子供たちが2,3ヶ月のトレーニングのあとには,大人でも戸惑うような難しい課題をクリアできるようになる.これは正直,手品を見ているようで,驚きの連続だった.

中央のニュースを見ると,こうした研究がソビエト心理学の基本的な路線を守りながらも,そこには含まれなかった文化的な要因,表象の作られ方,存在の仕方の違いをも組み込んだ,真に学術的な価値の高い研究であることが書かれており,あらためて先生の偉業を詳細に知ることが出来た.

こういう研究はいわゆる実験と呼ばれるような一発勝負とは異なり,数ヶ月にわたる教育プログラムを考え,かつその間の発達を詳細なレベルで調査できるようなテスト項目を作るなどの作業が含まれる.さらに毎週何度もその実験というか,調査をやるために学校,幼稚園に足を運ばなくてはならない.すごいときは一日3つの学校で実験などというのもあった.天野先生は企画をするだけではなく,実験者としても必ず参加していた.当時,先生の家は確か西武新宿線の奥の方だったが,実験を朝からやるためにかなり早い時間に通勤し,実験が終わるとそれをまとめるために夕方くらいに研究所に戻り,という生活を繰り返していた.研究者というのはここまでやるのかというくらい,働きまくっていた.そしてそういう生活を何年も続けていたのだ.これだけ忙しかったので,移動時間などはほとんど寝ていた.一緒に電車に載って話していても途中で寝てしまう.そうそう飲みにも連れて行ってもらったが,飲み方もすごくて,30−40分くらいで3合くらい飲んで,1時間経つと帰るという感じだったなぁ.

さらに先生には卒論の実質的な指導もしていただいた.卒論は記憶と思考の関係を発達的に考えるというものだったのだが,重要な文献や,実験のテクニックなどを教えてもらうだけでなく,被験者の手配までしていただいた.本当にありがたい話だ.

あああと忘れてはならないのは,天野先生と一緒に研究をしていた,城さん(当時は九大のポスドク?,現在神戸大学)とか中垣さん(現在早稲田大学)など,当時は若手の研究者の人たちからいろいろと話を聞けたりしたのもすごく勉強になった.

先生はこれからも民間でいろいろと活躍なさるそうだ.これまでのお礼を言うとともに,これからのさらなる発展をお祈りする.


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