HAI2006で感じたリアリティの不思議さ

2006/12/12

Human Agent Interactionについてのシンポジウムが12/12-13,慶應日吉キャンパスで行われた。ということで出かけていった。というか、今回これのPCのメンバーだったのでというのもある(でも何もしなかったけど)。このシンポジウムの関連としては,以前人工知能学会に行った時に感想を書いた.このときも危なくて,面白くて,誘惑されるような研究があり楽しかったのだが、今回もまたいろいろと刺激的で魅力ある研究をいくつも知ることが出来た。


いろいろとおもしろい発表があったのだが、はこだて未来の小野さんがもう何年も前に(10年?)提案したITACOに関わるいくつかの研究は意表を突くというか、なんというか突拍子もないというのか、ぶっ飛んでるというのか、危ないというのか、とにかく独特の世界観と理念を元にした研究で非常におもしろかった。

ITACOというのはすなわち青森のいたこ(死者が霊媒=いたこに乗り移る)から発想を得た(?)、またはその名前を借りたものであり、エージェントがいろいろな機器に「乗り移る」というものだ。機器を乗り移るエージェントが一貫した、1つのパーソナリティとして認識されるかどうかがポイントとなる。今回の研究でも、ここを起点とした研究の展開(音の利用など)があった。驚くべき展開は、ITACOmmunicationだった。従来エージェントが乗り移っていたのだが、今回はなんと対話相手が自分の世界に乗り移るというシステムの話だった。

こういうのはシステムがおもしろいだけではない。オレなりの解釈だと、こうした研究というのは理論的には身体化認知(embodied cognition)を越えた、脱身体化認知というものにつながるのではないかと思う。身体が認知と分かちがたく結びついているという知見がどんどんと広まる一方、人間が身体を各種の道具や環境へと広げていくという側面はあまり認知の分野ではあまり進んでいないように思える。人間はいわゆる「現実」とは異なる「人間的リアリティ」を構築してきた。トーテミズムなどのように昔から人間とは思えないものに自己あるいは人間性というものを認めてきた。また小説を読んで泣くのも、エロ写真を見てマスターベーションするのも、こうしたことの表れだと思う。ITACOはこのような人間的リアリティというものの構成原理を探るための、究極の実験であるような気がする。

もう1つとても感心したのは、小島秀樹さんの障害児とロボットとの関わりについての研究だ。ここではKeeponというロボット(?)が用いられている。これはこのページにあるように4つの動作軸に沿ったきわめてシンプルな動きしかしない。しかし、対話者(あるいは対話者の持つ人形など)を自動的に見つけ、そこに顔を向ける=注意を向けることが出来、またそこで体を上下、あるいは左右に動かすことが出来る。この動きによりある種の情動(興奮とか、嫌々とか)が表出されているように見える。

確かにkeepon自体はシンプルなのだが、そこから先は子どもの発達についての学術的な知見に基づいて本当によく考えて作られていると思う。こうしたことで子どもはものすごく喜んでこれと接している。またkeeponに慣れていく過程で、さまざまな行動上の変化が見られるのもおもしろかった。しかしそれにも増してすごかったのは、自閉児とのkeeponの5ヶ月(?)に渡る交流だ。特に印象的であったのは、人とかペットとはなかなか視線の合わないその子どもがkeeponが視線をその子に向けると、ものすごく怯える、怖がるという場面だ。数ヶ月の怯える時期を過ぎると、徐々に相互交流が始まる。ここらへんも大変に興味深い。ここにもまたリアリティというもののなんとも言えない不思議さがある。

ということでいろいろと楽しい時間を過ごすことが出来た。他にもずいぶんとおもしろいのがあったのだが、ちょっと書ききれないのでここらへんで。


2 件のコメント

  1. 阿部慶賀 より:

    小嶋先生のKeeponの研究はSonyのインテリジェントダイナミクスで聞いて感銘を受けました。
    発表自体もドキュメンタリーとして面白く、感動的でした。
    自閉症の子は他者の心を察せないのではなくて、
    多すぎる環境の情報に対処しきれないのではないか、
    というコメントをされていて、ハッとさせられました。

  2. HS より:

    なんか書いたとたんにコメントだね、ありがとう。その通りですよね、大事なことを書き忘れていました。

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