心脳コントロール社会

2007/3/31

小森陽一さんの「心脳コントロール社会」という本を読んだ(だいぶ前に金井君(法政)に勧められて忘れていた)。

認知科学や神経科学の知見が、消費者、有権者をコントロールするために用いられているというのがその骨子だ。物事を強引に二者択一形式にする。そしてその打ちの一方に感情的な判断、直感的な好悪判断上都合のよい(あるいは悪い)イメージを貼り付ける。こうした方法は辺縁系に由来する処理に基づくのだそうで、理性的な検討を超えた強さを持ってしまうと言う。これをCM、マーケッテイング理論、小泉前首相の行った衆院選(改革を止めるなといってやったやつ)などの具体的事例を通して明らかにしていくというものだ。


とてもいい主張だと思う。オレも小泉流の二者択一、郵政民営化するかしないか、改革を止めるかとめないか、みたいな議論は人の心を巧みに操る、彼らにとっては上手な、民主主義にとって最低の議論の建て方だと思っていた。こういうロジックは恫喝系の自民党議員たち、たとえば亀井静香(追放されたけど)とかがよく使う論法だ。最近の話でいえば北朝鮮による邦人拉致問題がある。国家レベルの犯罪を彼らが犯したのは間違いない。それは金正日だって認めている。しかしだからといって小泉流とか、もっと拙劣な安倍流の外交交渉が正しいということは全く意味しない。ところが、安倍外交に批判を行うと、じゃあ拉致問題をうやむやにするのかみたいな、小学生レベルの知性で反論(北朝鮮の回し者、国賊、等々)が行われる。話が飛躍していることは明白じゃないのかな。

ただ残念なのは、小森さんの主張を支えるのがフロイト理論と言うところだ。心の科学についてまともな研究を読んだ人は、この章でがっかりするだろう。また1章のCMの分析も首をかしげたくなる部分が多い。この点に関していえば、意思決定・判断のバイアス、領域固有性、文脈依存性などの観点からもっとスマートな議論が出来ると思った次第だ。

このように確かに問題点もあるのだけど、amazonなんかのレビューに載っている「この本も心脳コントロールだ」というような主張には同意できないなぁ。こういう批判はよくあるのだけれど、このロジックだと心脳コントロールということが仮に、というか現実にあるのだが、その批判が出来なくなってしまう。そうした注意を呼びかけることすら心脳コントロールだなどというのは全くナンセンスな議論だ。権力の行使者とその作用者の著しい不平等を無視する未熟な思考の現れだ。

あるいはこうした批判は、すなわち、何か一点欠けているところがあるということから、その論全体を意味なきものとしてしまうというタイプの批判は、きわめて戦略的、また今日的であるとも言える。軍の命令を示す史料が存在しないということで、従軍慰安婦全体をなかったと言うことにしてしまうとか、沖縄の集団自決を強制する軍の命令書がなかったということから、軍は一切集団自決には関与していないなどの、きわめて乱暴な推論は、こうしたロジックの現れだろう。こういうのは進化論批判(最近はintelligent designとかいうらしいが)にも見られる。

ポイントは何が足りないかを詰めて、そこを埋めていくことだと思う。小森さんが指摘した科学の悪用に対抗できるのは、やはり科学だと考えたい。


Comments are closed.