被害者意識:その2

2010/1/26

前の記事から考えが少し広まった.というか,いつも考えてきたことにつながった気がするので,少しこちらで展開する.

近年,被害者が特権的な地位を持つべきであるというような風潮が強くなってきたように思う.司法の場においても被害者救済とか,修復的司法とか、そういう考え方が現れ,単に法律違反を行ったから規定に従った罰を下すというのではなく,被害者の心情を考慮した判断が必要との考えが広まっている.

これは基本的に,刑罰というのが被害者というものを念頭に置いたものではなかったことに起因する.犯罪者が処罰されるのは、法律に触れたからであって,被害者に迷惑をかけたからではない,というのが基本的な法律の考え方だろう.これでは被害者は到底納得できない.そういうことで被害者の立場を取り入れた、あるいは被害者の関係者の意見を重視するような動きが出てきたというわけだろう.

被害にあった人に対して可哀想だとか,同情するとか,そういう気持ちは社会生活を営む上できわめて重要だ.これがない人とはおつきあいが難しいと思う.

ただし,被害者、あるいは被害者の関係者の言うことが正しいとか,彼らの発言が最も尊重されるべきだというのは話が別だ.たとえば身内を殺された人が「加害者をぜひ死刑にして欲しい」という発言をした時に,そういう気持ちが湧き出る理由を理解することと、その発言通りにすべきであるということは全く次元の異なる話だ.

一部マスメディアはこうしたとても短絡なロジックで報道を行って,一般市民の情念,怨念みたいなものに訴えかけようとする.これはとても危険な話だ.

裁判員制度が施行されてこうした危険な傾向がどんどん進むのかと心配したが,それは杞憂であったと思う.人はずっと賢い。


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