心の先史時代(ミズン)から見た農業

2012/2/23

人類の変化、進化について最近興味があるので,大分前に部分的に読んだ標記の本を読み直した.

この本はチンパンジーや600万年前くらいからの人類の進化を認知科学の知見をもとにして考察するというものだ.つまり知性というもの事態についての学問的な考察を抜きに,知性の進化を語ることはできないというまことにまともであるが,考古学者たちはあまりやったことのない(?)試みを展開した本ということだ.

日本での出版は前世紀で、その当時発達絡みの研究を行っていたこともあり,人類学の本なのだが、何か関係あるかなと思って買っておいた本だ.数年くらいの間に何かのきっかけで読み始めたのだが,発達心理学や進化心理学の話がしょっぱなからでてきて,たまげてずいぶんと読んだ記憶がある(ただし途中まで).何かの論文の参考文献としても入れた覚えがある.

大筋は、スイスアーミーナイフのような知能が、聖堂のような知能へと変化したことが、人類の進化の背景にあるというものだ.スイスアーミーナイフも、聖堂も、まったく日本人にとっては不適切な比喩で、何を言わんとするかがさっぱりわからないという人も多いのではないだろうか.聖堂というのはよくわからないのだが,少なくともこの本を読む限り,広間があり,その周りに小部屋のような形で礼拝堂がくっついているものらしい(そういうものばかりではないようだけど).スイスアーミーナイフというのは,もう少し知っている人もいるかもしれないが,Victorinoxあたりで売っているこういう多目的ナイフを言う.

スイスアーミーナイフを構成するのはミズンの考え方では以下の通り.

  • 技術的知能:ものを加工し,何か(典型的には道具)を作り出す知能.
  • 博物的知能:植物や動物の習性、その分布などについての知能.
  • 社会的知能:集団の中でうまくやっていくための知能.
  • 言語的知能:

知能の進化は、彼によれば一般知能(広間)がまずあり,その次に領域に特化した知能(スイスアーミーナイフの各パーツ)がこの周りに現れ,最後に特化した知能が一般知能を介して自由にコミュニケーションできるものへと変化した、というものだ.第一段階の一般知能だけの段階というのは,600万年前(アウストラロピテクス)からホモハビリスが登場する直前まで,第二段階のスイスアーミーナイフの段階はホモハビリスからネアンデルタールあたりまで(150万年前から10万年前あたりまで)、そして聖堂の知能の段階というのは6万年前あたりの出アフリカ、つまりホモサピエンス・サピエンスの登場から現代までとなる.こうした観点をとると,考古学的な資料(道具制作,壁画、脳の容量、コミュニケーション,食物、狩り)をうまく説明できると言う.何しろ2段組みで400ページくらいある本なので、細かいことはちょっと書けない。

さて何回か前の記事にも書いたけど、ポイントは農業だ.狩猟採集をやめて、ある土地に定住して農業を始める、これがいかにして起きたのかを考えたいということだ.コクランの本も,ダイアモンドの本も,農業が1万年前あたりに発生し,これが文明にとって最大の重要性を帯びていたことを説得的に描いている.しかし、なんでそうしたことが可能になったのかということが、彼らの本からはよくわからなかった.むろん氷河期がこの時期に終息したということは、大事な条件だとは思う.しかし、その前も間氷期,氷期をなんども繰り返してきている.このいずれの時期においても、農業が行われてもよかったのではないか.また動物で農業を行っているのは、(アリを別として)人間だけで,その他一般的に知能が高い(人間と似ている)と思われているチンパンジーやゴリラ,からす等が農業を行ったいう記録はない.

実はミズンのこの本では農業というのはエピローグとしてほんの短い章になっている.まず彼によれば農業は何もはじめから人類にとっての福音となったわけではないと言う.農耕をやっていたと思われる地域の人骨は、狩猟採集民意比べると栄養状態が悪いそうである.ではどうしてこの時期に農業が生まれたのか.それは各特殊知能の間のコミュニケーションが可能になった,つまり知能が聖堂化したからだと言う.彼に基づけば,農業の発せ性には以下のことが必要だと言う.

  • 植物資源の収穫,加工に必要な道具を作る知能(技術的知能と博物的知能のコミュニケーション)
  • 社会的な相互作用のために動植物を用いる知能(博物的知能と社会的知能のコミュニケーション):支配者によいもの、きれいなもの,労力のかかったものを与える.
  • 動植物を飼育するために、それらと社会的関係を作り出す知能(博物的知能と社会的知能のコミュニケーション):つまり動植物を擬人化するということ.
  • 動物や植物をコントロール可能なものとして捉える知能(技術的知能と博物的知能のコミュニケーション):動植物を改良する、つまり人為淘汰すること.

これらが農業や家畜の開始に必要な知能だとすれば,その根底には聖堂、つまり特化した各知能の間のコミュニケーション,別な言い方をすれば類推が必要になる.

うーん、類推に話が飛ぶのだろうか.だとすれば、類推研究復活か(サンデルの話もあるし).そういえば,以前に(これも前世紀だが)訳した「アナロジーの力」にはそうした章があったことを思い出した(しかし何も覚えていない).読み返してみよう.


人類史 ]

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