プロジェクション・サイエンスとは何か?

2017/3/31

前のエントリーのようなことで十数年来のテーマに一応カタをつけたので,2016年から2つの関連する研究テーマに現在邁進中です.1つはプロジェクション・サイエンスの設立に関わるものです.

認知科学は物理世界の刺激,情報から,なぜ主観的な経験が生まれるのかをなんとか研究しようとしてきました.そしてその野望は脳科学との協働により,素晴らしい形で実現されてきました.50年前と比べてください,誰にとっても,そこには心の探求という道筋での飛躍的な進歩がはっきりと見えると思います.

しかしながら,ここに大きな問題が潜んでいます.入力から構成される表象は,脳内,あるいは情報処理システム内の出来事です.知覚,記憶,学習の成果は脳内に出来上がります.しかし,それらは外界に存在するものなのです.別の言い方をすれば,誰かの顔を認識するとは,脳内の出来事であると同時に外界への参照でもあるのです.

この投射を「表象」について探求するのがプロジェクション・サイエンスです.例えば触覚は分かりやすい例です.皮膚表面の刺激は,体性感覚野で表象されますが,体性感覚野が冷たかったり,痛かったりするわけではなく,当該の刺激の部位にそれを感じるわけです.これはプロジェクションです.このプロジェクションの過程には求心性,遠心性の神経が関わるので理解しやすい例となっています.視覚における対象の定位にもプロジェクションが含まれます.視覚機能の働きにより対象の表象が脳内(情報処理システム内)に出来上がります.しかし私たちは脳の中に対象を見るのではなく,世界の中に対象を見ます.つまりここでは視覚表象のプロジェクションが起きているわけです.しかし触覚とは異なり,表象から対象に至る物理的経路は存在しません.聴覚も同様です.

これらの知覚は情報の発信源(以降ソース)とその定位先(以降ターゲット)が同一ですが,異なる場合もあります.例えば聴覚研究における腹話術効果はその例です.聴覚情報のソースは人形を操る人間ですが,ターゲットは人形となっています.また多くの研究者の興味を引いてやまないラバーハンド錯覚も同じタイプの投射(異投射)と言えます.さらに自己にも投射が深く関わります.ここには自己受容感覚と自分の身体との投射が存在します.これも当たり前のことと言えますが,フルボディー錯覚に見られるように,それがずれてしまう場合もあるわけです.

これらはいわゆる心理ネタですが,フェティシズムのようなもの,何かに対する深い愛着(オタク)などもプロジェクションの観点から考察できるのではないかと思っています.

私が虚投射と呼ぶプロジェクションもあります.これは表象を生み出すのに関わる明確な外的な対象物がない,あるいは認識されていないのに,何らかの理由で表象が生み出され,それが環境中の何らかのものと見なされる場合です.幽霊,神,幻覚などがこれに該当します.

こうした現象をさらに興味深くするのは情報技術です.First Person Shooting Gameなどでは向こうから飛んでくる弾に反応して体がかなり揺れます.さらにCGと組み合わせたHMDなどを用いることで,簡単に実世界とは異なる世界に没入が可能になります.つまりここでは現実に存在しない世界への投射が起きているということです.またエージェント研究などが示唆することは,ある程度の応答関係(視線の一致など)があると,私たちはそのエージェントに人性を付与します.また脳科学の進展によって,脳内のある部位を刺激することにより,幽体離脱(自分の身体感覚(自己受容)を誤った場所に投射する)とか,いもしない人の幻覚が生み出されるなどが報告されています.

こうした様々な現代的なテクノロジーを用いて,心,社会,臨床に見られる人の様々なプロジェクションのメカニズムとプロセスを知ろうというのが,プロジェクション・サイエンスです.興味があったらご連絡ください.また本年は今の所,
人工知能学会
認知科学会
の2つでセッションを持ちます.是非ご参加ください.特に後者はまだ発表受付中ですので,ふるってご応募ください.


「教養としての認知科学」の刊行とその後

2017/3/31

このblogはほとんど休眠状態になっているので,これは自分の備忘録という色彩が強いけど,色々とあった2016年度もそろそろ終わりということで,いろいろと書きます.

2016年度の自分の研究にとっての最も大事なイベントは教養としての認知科学という本を東大出版会から出したことです(年度で言えば2015年度ですが).これは青山,駒場,ほかいろいろな場所の非常勤講師で語ったことをまとめたものです.そういう意味で教科書なのですが,いわゆる教科書ではありません.人の認知が,生成的であり,冗長であり,ゆえに揺らぎ,だから発達,熟達,学習が起きるのだということをまとめました.これはほぼ「事実」です.

ただこれだけを語ることはできないので,それの基本となる実験や理論などを各章に配置しました.そういう意味で,教科書的な部分,思想に関わる部分の2つの側面を持った本という,素敵な感じがする一方,どっちつかずみたいな感じもある本になったと思います.

ただ当初思っていた以上に好評で,幾つかの取材や,その後の出版のオファーがありました.さらに自分で驚いているのですが,1年程度で5刷まで行くような気配です(2017年3月で6刷り目).安くもないのに,この本を買ってくださった方には心より御礼を申し上げます.

この本の基本的なアイディアは,ダイナミカル宣言を行ってから2003年くらいに輪郭が出来上がり,その後のいろいろな知見で増強してできたものです.そういう意味で「ダイナミカル宣言」はこれで打ち止めにします.

さて増強は随分とできたのですが,その一方でこの本では全くカバーできなかった新しい潮流(プロセスとしての概念,プロジェクション,拡張した身体)も生まれています.これは7章に少しずつ書いていますが,むろん十分ではありません.今後は,これらの問題を自分の研究テーマにしたいと考えています.