サンデル教授の番組、類推,オープンエンドの授業の意義

2012/2/19

マイケル・サンデルと言えば,もう説明の必要もないだろう.ハーバードで最も人気のある授業を担当する倫理学の教授で,日本でもNHKで放送されたり、著書がベストセラーになったりする有名人だ.

今日,彼が日本の有名人(斉藤慶子,シェリー,猪瀬直樹,ジャパネット高田の社長,野球の古田)と、日本,中国,アメリカの学生たちを相手にした番組を見た.大雪の時に雪かきスコップを突然値上げした店の話から始まり、年会費を払わなかったので火事の時に消火を拒まれた人の話(アメリカでの実話),成績の良い子にはボーナスを払う学校の話、代理母出産の話等,金と道徳に関わることについての議論が行われていた.

ここではいくつものおもしろい類推が行われていた。 Read the rest of this entry »


霊と金

2010/3/8

櫻井義秀「霊と金:スピリチュアルビジネスの構造」(新潮社新書)を読んだ.たいへんにおもしろい本であった.神奈川県警の警視が関与していた神世界,霊感商法で悪名高い統一教会,スピコン(これは知らなかった)がどんなふうにして金を稼ぐのかが,被害者の話とともに解説される.またこうしたものだけでなく,神社,寺,教会などの一般の宗教がどうやって経営されているかについて解説されている.お寺も,教会も特別なところをのぞけば経営はかなり大変なようだ.幼稚園とか,保育園が付属する宗教施設は多いが,というか青学もそうか,これは信者からの寄付だけではとてもやっていけないためであるとか.

第4章ではスピコンの話を取り上げながら,なぜ現代人がこれにはまるのかについて論じられている.現代では,内在的な自己というものを発見し,それを実現することが奨励されているという.むろん,これは自己責任においてやらねばならない.一方,バブル崩壊後,安定した生活基盤を持てない人たちが増加してきている.こういう不安定な状態にある人たちは,この状態は「本来の自分ではない」と考え,実現すべき自己とは何かをスピリチュアルビジネスに答えてもらおうとする.しかしながら,実現すべき自己とは決して内在的なものではなく,他者との関係,社会との関係において決まるものである.よって,いつまでたっても実現すべき自己は見つからず,スピコンなどにあるお手軽なヒーリング,占いなどをはしごするということになる.自己についてこれと同じ趣旨の話は,以前に書いた覚えがある.最近読んだ内田樹さんの本にも砂粒化と言うような言葉で語られていたように思う.

5章はけっこう圧巻で正直驚いた.認知科学の成果がきちんとした形で述べられている。それに基づいて,人がどうしてカルトなどのインチキな宗教にはまるのか,また連中はどうしてうまく人をはめているのかがプロスペクト理論から解説される.

こういうのを読むと,認知科学が大学基礎教育場面でいろいろと利用できることに気づく.


報道が気になる

2009/5/19

報道を見ていると本当に情けないというか,恐ろしいというか,なんとも言えない不快感がこみ上げる。先日も書いたがまた気になることがいくつか出たのでメモ代わりに書いておく。

新型インフルエンザ

これもまた前回に書いたことがそのまま当てはまり,ひたすら恐怖をあおる。煽っておいて,パニックになるなとか,おかしなことを書いている。

それにもまして気になるのが,学校の休校だ。大阪,兵庫で中,高校が全面休校になっているとか。これで先生も生徒も,困っているとか,不平がなどという報道がよくなされている。修学旅行が中止されたとか,保育園が休園で働く親が困ったとか,哀れなケースもあるが,生徒のレベルに話を限れば,喜んでいる方がはるかに多いのではないだろうか。学校が休みというのはそんなにつらいものなのだろうか。

小学生の頃おたふく風邪がはやりクラスで10人以上も休んだことがあった(当時1学級45名)。無事に学校に来ていた同級生たちの話題はいつ学級閉鎖が起きるかということだった。むろん目を輝かせて話していた。結果的に学級閉鎖にはならず,さらに(罰か)自分もおたふくにかかり,学校は行かなくて済んだのだけど・・・

まあ40年前の話なので今もそうだとは断言できないが,この間に学校がすごく楽しくなったとか(じゃあ何で不登校が激増したわけ),子供がとてもまじめになったとか(ゲームに夢中になっているんでしょ),そんな話は聞いたことがない。

あまりに一面的というか,紋切り型というか,嘘八百というか,そうした報道姿勢に強い疑問を感じる。学校は楽しくて,すばらしいところであり,みんなが毎日ニコニコしながら登校するというような,「二十四の瞳」みたいな世界であると,我々を洗脳しようとしているのだろうか。

草薙くん

これもまことに馬鹿げた大騒ぎで呆れ果てた。「そんなことしちゃだめだろう」と笑ってすませる話が,なにやら大犯罪のような扱いになる。芸能誌ならばともかく,大新聞,テレビまで大騒ぎだ。NHKでは速報のテロップまで流れた。鳩山大臣は(後に謝罪したが)「最低の人間」ときたもんだ。これを最低と呼ぶとすれば,あまりに世間知らずだ。あなたの党はもっとすごいのを生みだし続けてきたじゃないですか,と言いたくなる。

個人的には草薙くんの公然わいせつより,記者たちの軽薄さの方がよほど犯罪的だと思う。もっともこれについては,いわゆるネットで有名な「正論」以外の意見もかなり出ていたので,そこらへんはちょっと安心ですけどね。


mediaは恐怖をあおるのか

2009/4/11

つい数ヶ月前に猛烈な円安が始まり,一時は90円を切るほどになった.しかし最近はもうちょいで100円ということになっている.さて円安が始まったときメディアはどのような報道をしたのだろうか.多くの輸出産業のトップにインタビューをして,「もうだめ」,「限界を超えている」など,人を強い不安に落として入れる報道をもっぱらしていた.韓国旅行が増えたなどの記事も確かにあったが,それは例外でだろう.

それではこんどは円高が止まったときは何を報道しているかと言えば,ほとんど何もしていないのではないだろうか.持ち直したとか,危機を脱したなど,人を安心させる報道は何もない.

同じようなことはガソリンの値段に関しても言える.上がって生活を苦しめるときにはみんなの悲鳴を報道する.一方,値段が下がったり,円高でさらに得するときには,何もではないだろうが,前者の時のようには報道しない.

こうやって人を不安な状態に陥れるのはなぜなのだろうか.単純に考えれば,その方が売れるからなのだろう.もう少し言えば,人は警戒すべき情報に対してより敏感である,あるいはそれを重要視するということなのだろう.人は,幸福になる情報よりも,不幸になる情報の方が価値が高いと判断することなのかもしれない.これはTversky & Kahnemanのプロスペクト理論にもう少し何かを付け加えると説明がつくことかもしれない.そうした意味においては,メディアの情報選択,情報操作は誠に理論に合致したものと言えるのかもしれない.

しかし,こういう姿勢は,扇情的であり,危険である.こういう不安定な心理状態に置かれた人は,情報の確実性に留意しなくなり,流言,デマ,政治的宣伝にきわめて反応しやすい状態になってしまう.以上のことから,メディアは市民を危険な状態に意図せずして陥れる,恐ろしい側面を持っていることがわかるのではないだろうか.


心脳コントロール社会

2007/3/31

小森陽一さんの「心脳コントロール社会」という本を読んだ(だいぶ前に金井君(法政)に勧められて忘れていた)。

認知科学や神経科学の知見が、消費者、有権者をコントロールするために用いられているというのがその骨子だ。物事を強引に二者択一形式にする。そしてその打ちの一方に感情的な判断、直感的な好悪判断上都合のよい(あるいは悪い)イメージを貼り付ける。こうした方法は辺縁系に由来する処理に基づくのだそうで、理性的な検討を超えた強さを持ってしまうと言う。これをCM、マーケッテイング理論、小泉前首相の行った衆院選(改革を止めるなといってやったやつ)などの具体的事例を通して明らかにしていくというものだ。

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メディアリテラシーと認知科学

2006/11/8

情報センターの年報に書いた原稿だけど,とりあえず載せておきます.この話は認知科学かいで話したようなことなんだけど,ここのBlogでいろいろと書いてきたことをうまく(?)組み合わせて,仕上げたものです.本当にこういう原稿のときにはBlogが役立つなぁ.

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simple mindじゃだめなんだよ

2006/9/20

今日の朝日の夕刊(9月20日東京版)を読んでいたら、我が意を得たりという記事に出会った。それは、エセ科学に人はなぜはまるかという話だった。菊池誠さんという阪大の物理の先生が書いていた。

科学は割り切れるというイメージがはびこっていると菊池さんは語っている。普通の人は、科学に対してずばっと白か黒かを決着つけるというイメージを持っているという。科学はけりをつけてくれるというイメージだ。確かに多くの人が持っていると思う。しかしこういう割り切れた言い方をするものはすべてニセ科学だと菊池さんは言う。

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